ベルリン色々

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 16.2016 ドイツ
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ポツダム広場のそばを歩いていたら、突然現れたカラフルな車の行進。
旧東ドイツが生産していたトラバント!!!


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実際に、見たことないですよー。しかも走ってるなんて。
東西ドイツ統一後、同じ道をメルセデスやフォルクス・ワーゲンなどの車と肩を並べてトラバントが走っている光景は、双方に大きなカルチャーショックを与えたという。


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東ドイツの体制をも物語る、歴史的なモニュメントとも言える自動車。
走行性能、安全性、環境性能が数十年前の水準ということもあり、急減したトラバント。ベルリン市街地では排ガス規制もあり、歴史文化財として特別に許可を得た車両以外は走行できなくなっている。
これらは特別許可を取った愛好者たちなわけね。可愛くペイントされた車体や登場者たちの笑顔から、トラバントへの愛が伝わってきましたよ。


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写真を後から見て気づいたのだが、このトラバントの後部座席の人は、撮影している私を写真に撮ってるんだよね。
この車を3枚くらい連写したのだが、他の2枚も助手席の人が私にカメラ向けてた(笑)
こっちがカメラ向けてるとわからないもので、逆に撮られてるんですよ(爆) 

トラバントの横のメルセデス。これが西と東の対比でしたね。


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ポリスカーは、フォルクスワーゲンとオペル。
この丸さがホッとする。


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ここはベルリン中央駅。この大きさにはびっくりしました。大きくて機能的。
2006年のW杯ドイツ大会開催に合わせて作られたというから、ちょうど10年。まだピカピカ。
ここは最上階プラットフォーム。



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地上3階、地下2階。下を覗くと、高所恐怖症でなくても足がすくむ深さ。
色々と見えすぎて、開放感ありすぎ。


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ベルリンSバーン(都市高速鉄道網)。
地上を走る電車が「S」というのもわからなくて、ベルリン公共交通機関マップを見ても最初分からなかったわー。
地下鉄はUバーンの「U」なのだが、「S」と「U」を組み合わせて1枚の切符で乗り継ぎできるのか?とか迷いました(できます)。

ポーランドはポーランドのトラムやバスの切符の種類があるけれど、ベルリンはまた勝手が違う。
短距離切符と長距離切符の値段が違って、短距離は1.7ユーロ。長距離は2.7ユーロ。
「短距離」ってのが一体どの程度を短距離というのかわからないから、後ろに並んでいるお兄さんに聞いたら、「3駅までが短距離」だって。
ええ〜!たった3駅が短距離で、4駅越すと長距離ー? 地下鉄4駅で2.7ユーロは高いと思いました。バスも、ちょっと移動するだけで2.7ユーロ。
ベルリン、他の物価は高くないのに、交通費が高い。


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ベルリンの地下鉄。
ベルリンは大都市で、あちこちと歩き回れる作りではない。地下鉄、電車、バス、トラム、すべてにお世話になりました。


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これはかわいいトラム。


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思い出したけれど、ベルリン最後の日に交通機関でまたトラブルが発生したんだった。
地上の電車に乗って帰路に着こうと思ってた矢先、目的地の中央駅に行く前で止まり、その電車はなんと来た方向に引き戻った。
おそらくアナウンスで、「この列車は次の駅が終点で、折り返し運転になります」って言ってたんだと思う。分からなかったからそのまま乗ってたら、見覚えのある駅に戻ってきたわけよ。
どうやら電車は動かないっぽいので、駅を出てバスに乗ることに。
ここで、”Hauptbahnhof”(中央駅)というドイツ語を言えるようになっておいてよかったと思いました。「”Hauptbahnhof”行きたいんですけど」「ああ、行くよ」
中央駅まで戻ればなんとかなりますから。


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道路の赤い部分がチャリ専用道路なのだけれど、これも最初は気付かずに赤い部分を歩いちゃってサイクリストにご迷惑おかけしました。
シカゴでもミシガン湖沿いのサイクリングロードをツーリストがノタノタ歩いていて、こちらがチャリ漕いでると「おいおい」って思う時が多々あるんですが、その街を初めて歩く旅行客というのは色々と勝手がわからないものですよね。


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ここは、ローマ在住の友達に教えて貰ったバームクーヘンの老舗。Konditorei Buchwald 。1852年創業。
「ベルリンに行ったらここよ!」って勧められた。


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バームクーヘン大好きなんです。
で、オーソドックスなバームクーヘンもよかったんですが、チェリーとヘーゼルナッツに負けてバームクーヘンのケーキを。
最近の日本のバームクーヘンって、なんかフワフワしちゃってちょっと違うのね。ここのはしっかりとした生地で昔懐かしのバームクーヘン。
あー、美味しかったー。


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店内は落ち着いた雰囲気。

ベルリンで、数十年ぶりに家族の友人であるドイツ人女性に会うことになりまして。彼女がベルリンにいるなんて知らなかったもので、急に知らせて急にその日に会うことになった。これは嬉しい出来事だった。懐かしいわ。
それが金曜日で、彼女は翌日からブダペストに行くという。私のホテルに来てくれて、どこかでお茶しようって。
どこにしようか決めるのも時間がなくて、またBuchwaldに行った(笑)


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今度はチョコレートコーティングしてあるバームクーヘンを。これ、気になってたのです。
友人は、オーソドックスなバームクーヘンを(奥)。
ここのバームクーヘンは、できればお土産で持ち帰りたかった。だけどベルリンの後パリに行くので、諦めました。


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ついでですが、トイレの写真。
ドイツでは女性用は「D」なんですが、ずっと前に初めてフランクフルトに行った時、思いっきり「H」のドアを開けて中にいる男性たちを慌てさせたことがありました。
いきなり「D」と「H」だけだと、外国人わかりませんよ(言い訳)。


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Alexanderplatzで開かれていたオクトーバーフェスト。


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ビアジョッキと哺乳瓶が一緒に。。。。


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ベルリン名物(?)グリルランナー。
ホットドッグマンです。これ、面白いよね。

シカゴの三大名物料理もホットドッグ。消費量は、ドイツ人を上回ると思います。


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ポーランドに入った時から、いたるところで目にするマトリョーシカ。
ロシア文化は根付いてます。

マトリョーシカで思い出したが、邦画「クワイエットルームにようこそ」の宮藤官九郎とマトリョーシカのシーンが笑える。
マトリョーシカにガンジャを隠し持つ宮藤官九郎。それがころころ転がって、警察官の足元でぱかっと開く。だけどその中にはまた別のマトロリョーシカが。
「あの時ほどマトロリョーシカがマトリョーシカであることに感謝したことはないよ〜〜」
。。。。。。アホ台詞(笑) そのアホさに笑える。 あの映画を観てから、露店で売っているマトリョーシカ見ても、宮藤官九郎が浮かんでくるようになってしまったではないか。


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さて、今回のヨーロッパ旅日記はこれでおしまい。
パリ、ポーランド、ドイツ(旧東)と、それぞれに楽しみました。

旅に一緒に付き合ってくださり、ありがとうございます。

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ベルリン・バウハウスetc.

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 14.2016 ドイツ
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バウハウス記念館。
ここは旧西ドイツ側にありまして、ベルリンの中心地(旧東の観光中心地)からポツーンと離れております。



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中は撮影禁止なので外観写真だけですが。
バウハウスとは、約100年前に工芸・写真・デザインなどを含む美術と建築に関する総合的な教育を行ったドイツの学校のこと。
20世紀初頭のヨーロッパで、よくこんな斬新なデザインが生まれたよなあ、と本当に感心します。今我々が囲まれている物も、バウハウスがなければ違っていたはず。


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ミース・ファン・デル・ローエが1930年に校長に就任したが、1933年にはナチスにより閉校される。
その後ミースはアメリカに亡命。アメリカで彼の建築は花開く。
シカゴはミースの建築が数多いのだが、今でも色あせるどころか、ミース作品のように圧倒的なスピリットを持つ建築は、その後ないのである。別格。
ドイツがナチスのせいでアメリカに受け渡してしまったのは科学者だけでなく、ミースのような建築家も然り。
ミースがドイツに残っていたら、さぞかし素晴らしいモダニズム建築がドイツの街のあちこちにあったでしょうに。


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バウハウスのカフェ。
"Less is More"はミースの言葉だが、この精神性はデザインの世界の中だけでなく、あらゆることに求めたいと思うこと。


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生活、人生、色々。
シンプルにして、質の高さを極めるのは一番高等な技術だろう。
アマチュアは、"More is More"に陥る。"Less is Less"は話にならない。
生き方も、人間も、"More is More"はいっぱいいるのだ。Moreの実態を見せるために、Moreを身につけちゃう。おそらく、そのわかりやすさを、人は愛するのだろうし。
これは好みやセンスの問題で、"Less is More"が万人が美しいものと感じるものではないのも理解している。
"Less is More"と"More is More"の精神性の違いは、現在のアメリカの民主党と極端な保守派の間にある溝くらい(苦笑)深いとも感じる。



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ポツダム広場にあるソニーセンター。ヘルムート・ヤーン作。
この建築、すっごく楽しみにしていたのだ。ベルリンと言ったら、絶対にこのソニーセンターを見たかった。
しかし、訪れた日が曇りだったもので、ガラスの屋根から青空が見えない。光が室内に届かない。残念。


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ヘルムート・ヤーンの建築だったら、ここよりシカゴのイリノイ州立センターの方が出来がいい。
ガラス建築って、晴れの日は窓に青空や雲を写して美しく輝くのだけれど、天気の悪い日は残念なんですよね。。。発揮できなくて。
雨の日に色気が出るものでもないし。


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仕事の撮影だったら、「晴天の日に撮り直してきてください」って言われますわ。
でも仕事じゃないから再訪しませんでした。ここ行く時は、晴れの日がいいですよ。印象全然変わります。



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ベルリンの町歩きの楽しさは、新しいデザインが多いところ。
移民も多いし、ヨーロッパの中では、かなりアメリカ的な街。


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ちょっとしたデザインが面白い。



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ポツダム広場から適当に歩いていたら、たまたま見つけたダリ美術館。
たまたま行ったのだけど、これがすごく良かった。


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中は撮影禁止ですが、撮影許可とって写してきた。
多数のリトグラフ作品。今まで油絵中心に観てきたので、彼のリトグラフをこんなにまとめて観るのは初めて。
若い頃ダリのファンだったけれど、またファンになりました。


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このダリ美術館、2009年にオープンしたらしい。
ダリファンにはオススメです。


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Hackescher Marktの駅。
この駅に降りた時、有楽町のような神田のような秋葉原のような、とても懐かしい光景を思い出して懐かしくなった。


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ガード下の飲食店。
ああ〜、有楽町! 店の雰囲気はだいぶ違いますが(笑)
東京のそれは、焼き鳥屋の看板とか提灯とかありますね。


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ホームタウンの光景に似ていたというだけで、この駅は大変気に入りました。
実際、とても素敵な駅でした。


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この駅前広場で、マーケットが開かれていた。


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出た!ヨーロッパ名物焼き栗。あ、日本にもあるか。中国でも路上で売ってるよ。
世界中(?)にあるのに、アメリカに無いんだよねー。これ、非常に欲しい。
アメリカ人は栗を食べないんで、栗のお菓子ももちろんない。残念です、モンブランとかマロングラッセとか、あんなに美味しいものがアメリカにはない。
もう栗の季節なんだなあ。


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次回ベルリン日記最終です。



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ベルリン・ベルリンの壁etc.

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 14.2016 ドイツ
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ドレスデンから列車で2時間ちょっと。ベルリンへ。

現在、最も長い状態でベルリンの壁が残されているところ、イーストサイドギャラリー。


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オープンギャラリーとして開放された壁。
21カ国118名ものアーティストによって描かれたアート作品がずらり。


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かつて東西を分断していた壁を歴史の一部としてこのように残し、アートスペースにするのはいいですね。


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ここが単にコンクリート壁のままだったら、人はここまで足を運ばないと思う。
たくさんの人が見なければ、歴史は風化する。


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一番有名な壁画。
旧ソ連のブレジネフ書記長と、旧東ドイツのホーネッカー書記長のキス。



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壁が意外と薄いのに驚いた。
もっと分厚いのかと思っていました。


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レイ・チャールズとジェームズ・ブラウン、わかります。
そこにネルソン・マンデラ、わかります。
だけどなぜにここにスザンヌ・ヴェガ?。。。。わかりません。


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この壁は別の場所。
東西またいで立つ像。
ここが分断されていたとは、今では想像しにくい再開発後の周囲の光景。


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オーバーバウム橋 Oberbaum Bridge。
東西分かれていた時は、東ドイツ側に。


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東西の境界線であった橋も、今は勢いよくこちらからあちらに、あちらからこちらに車や自転車が通り抜ける。


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戦中の破壊、戦後の分断と大変な道を歩んできたベルリンだが、この街が楽しいのは新時代新開発のパワーだろう。
古臭いヨーロッパの都市とは明らかに違い、どこかアメリカ的な匂いがあちこちに。


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ここは博物館島、ムゼウムスインゼル。


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5つの博物館と美術館が集まる芸術島。上野みたいなところ。
この地域の収蔵品はものすごいので、いつかゆっくり訪れたいところ。
今回は博物館には入りませんでした。



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ベルリンのシンボル、ブランデンブルグ門。
全然美しいとは思いませんが(笑。ここに優雅さは求めない)、この門はベルリンのいろんな歴史を見てきた。
ナポレオンがベルリンを征服した際は、この門の前でパレード。
第二次世界大戦中は破損して廃墟に。
戦後は東西の壁がこの門の西側に作られ、門は東ドイツのものになった。

ブランデンブルグ門に口があったら、「一体人間はごちゃごちゃ俺の周りで何をやってんだ?」って言うと思いますよ。
本当に、ゴタゴタに色々巻き込まれて、ご苦労様です、ブランデンブルグ門。今後もずっとこの街の将来を見守っていくのでしょう。


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地下鉄の入り口。メトロの「M」をついつい探してしまうのですが、ドイツは「U」なんですねえ。
U-BahnのU。
ドイツのガイドブック持っていないし予備知識がなかったので、戸惑いました。


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この手の古いごっつい建物も、ドレスデンでは暗く感じたのにベルリンでは感じない。
その理由は活気の一言に尽きる。
建物が古かろうが暗かろうが、元気のいい人の多い街は、活き活きする。観光客も元気だし。
この1階にはスタバが入っているが、スタバって活気のない街角には絶対にないからね(笑) スタバ好きじゃないので入らないけど、世界の街の活気度指針になる(アメリカ以外ではマクドナルドも)。


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チェックポイント・チャーリー。
第二次世界大戦後の冷戦期(1945年から1990年)、東西境界線上に置かれていた国境検問所。
東西分断の象徴。

戦後のベルリンはアメリカ合衆国、イギリス、フランス、ソビエト連邦の4か国によって分割統治されていたが、チェックポイント・チャーリーはアメリカ統治地区とソ連統治地区との境界上にあった。

こっちはソ連、向こうはアメリカ。
ソ連側から見ると、向こうは自由の象徴でもあった。


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冷戦時代も過去のこと。
今やベルリンの観光ポイントとなり。
こんな時代が訪れるとは、かつては考えられなかったですね。


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左の国境警備兵に扮してる男性は、なんとポーランド人だって(笑)


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ソ連とアメリカの戦車が常に向かい合って緊迫していた通りには今やマクドナルドがあり、世界中からの観光客がハンバーガーを食べている。
平和っていいわ。



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戦争、冷戦と暗い歴史に翻弄された街だけれど、しっかり今の顔を持ち、現代を元気に生きるベルリン。
そんな印象を受けました。

ベルリン日記、続きます。


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ドレスデン Dresden

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 12.2016 ドイツ
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ドイツ、ドレスデン駅。
ポーランドのブロツワフから直通列車で4時間ちょっとで着く予定だった。。。。。が、ここに来るまですったもんだ。
国境を越えてドイツに入ったGörlitz(ゴーリッツ)という駅で、車掌に「ここで列車は止まるので、ここからバスに乗り換えて●●まで行って。。。なんとかなんとか。。。。」ってことをドイツ語訛りのわからない英語(英語になってなかった)で説明され、「はあー?」と思ったがとりあえず荷物を持って列車を降りた。
だが、他の乗客がほとんどいない。同じようにウロウロしているポーランド人の女性にどうすればいいか聞くと、彼女もどうしたらいいのかわからず近くにいた4人のドイツ人のお年を召されたおばちゃんに聞く。ドイツ人おばちゃんはドイツ語でポーランド人女性に説明。
「Görlitzからバスでなく別の列車でLöbauまで行き、Löbauからバスに乗り換えてBautzenまで行き、Bautzenから再度列車に乗ってドレスデンまで行くことになる」
というややこしい説明を、ドイツ人がポーランド人に、ポーランド人がやっとの英語で私にややこしい方法で説明してくれた。説明されても初耳の地名だし、わからねえ。。。。
ポーランド人女性もドレスデンまで行くというので、私はしっかり彼女についていくことに。ま、西に向かえばドイツだから、大丈夫だろうと。
このポーランド人女性とはずっと一緒に、とんだ「長旅」をシェアした。言葉がお互い通じないので、会話ができなかったのが残念だけれど、とてもいい人だった。彼女はドレスデン中央駅の一つ手前で降り、私は中央駅まで。


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駅外観。Hauptbahnhofとはドイツ語で中央駅。
英語がなかなか通じない旧東ドイツ。"Central station"と言っても通じないので、”Hauptbahnhof”を発音できるように滞在中頑張りました(笑)。 まさかねえ、こんな言葉が必要になるとは。



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ポーランドの後パリに戻るまで、ドイツは最初から「ついで」というつもりだった。
元からあまりタイプの国でないのだが、フランクフルトに行ってから随分と長い年月が経ってるし、東も見ておかないとなあ、と。だが最初から力が入っていないので、ガイドブックも持っていない。
とりあえず、駅のインフォメーションで地図をもらう。ここのおじさんが非常に親切だったし、トラムの中で降車駅を聞いた若い女性もとても親切だった。
雨が降っていてとても暗い日だったけれど、気持ちが暗くならなかったのはこの住人の第一印象が良かったからだろう。

右は大聖堂(旧カトリック宮廷教会)。
壮厳な建物なのだが、ポーランドからくると、暗く感じる。。。(笑)


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フラウエン教会(聖母教会)。
第二次世界大戦で破壊され、その瓦礫の山が「戦争の傷跡」として長い間放置されたままだった。
再建工事がスタートしたのは東西統一後の1994年。オリジナルに忠実にできるだけ元の資材を使用し、ひとつひとつのパーツが元の場所へ埋め込まれたという。


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黒い部分と白い部分のつぎはぎがあるのはそのため。パズルのよう。
気の遠くなるような作業。ポーランドもそうだけど、戦後再建の執念ってすごい。


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馬車も馬もなんか地味なの(笑)
ポーランドの馬車が華やかだっただけに。。。


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とりあえず、着いてすぐにトラム停留所の前で食べたプリッツェルサンドイッチ。
ドイツですねえ。
英語で注文したら、若い店員男性は、”Enjoy your meal!"とニッコニコの笑顔で英語で言ってくれた。
「日本の店員は笑顔が良くてとても親切」って、日本を訪れた外国人によく褒められる。買った品物や食べたものより、思い出に残るのは店員の笑顔。短期間滞在しただけのその国やその街の印象が良くなるのは、住民の親切や笑顔。それだけ人の笑顔って、パワーを持っている。


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君主の行列。
シュタルホーフ(武芸競技場)の城壁に、長さ約100mにわたって約2万5千枚ものマイセン磁器タイル(!)を使って描かれた壁画。


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1907年に作られたこの壁画は、第二次世界大戦のドレスデン大空襲で奇跡的に残ったもの。


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こういう看板見ると、ああドイツだなあ、と。


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ドレスデンの公共交通機関も、トラムが主。


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タクシーがメルセデスになる。


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観光客用の、8人乗り(!)自転車、笑。滑稽すぎる。


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旧市街、再建中。
建物が綺麗になっても、なんというのかやっぱり旧西ドイツとは全然違う空気。
ベルリンの壁が崩れてもう30年近く経つのに、服装もすごく野暮ったいドレスデン市民(ドレスデンに観光に来ているドイツ人含め)。ポーランドがすごい勢いで変わってるので余計にビックリ。もともとドイツ人はファッショナブルではないけれど、ドイツの西と東では、イタリアでいえばミラノとナポリくらいの違いが、アメリカでいえばニューヨークとミシシッピの違いがあるような気がします。
悪いことじゃないけれど、特徴として面白い。


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ポーランドからドイツに入ると物価が高く感じるだろうな、と思ったのだが、そんなことない。すごく安い。
アメリカの都市部の物価があまりに高くなってきている証拠。


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アンティークショップの中にあるカフェ。


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ここでもポーランドと同じように、ケーキの腹にフォークが突き刺さって出てくる。慣れないとビックリするよね。
このサービスの発祥は一体どこなのか?気になる。


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ポーランドからドイツに列車で入ろうと思わなければ、一生行かなかった町でしょう。これも縁。
ポーランド語の駅名が、ドイツ語名に変わっていく車窓の風景。
ドイツ語ってわからない〜、って思っていたけれど、全く発音無理なポーランド語を見慣れた後は、ドイツ語は少なくとも読めることに感動したりする。


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同じ金髪碧眼でも、ポーランドの女性たちがいかに柔和な顔をしていたかとか(笑)、国境を越えるとわかりますねえ。


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ドレスデンで予約したホテルは高くなかったので全然期待していなかったのだけれど、すっごく綺麗で広くておそらく今回の旅で一番いい部屋だったかも。なのに、ドレスデンにはたった1泊(笑)
フリーの朝食も豪華で、豊富なチーズの種類に生ハム。。。。これ、夕食にゆっくり食べたいわあ、って真剣に思いました。


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ドレスデンの後はベルリンに向かいます。



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ヴロツワフ(2)

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 12.2016 ポーランド
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今回、ポーランド日記最終です。

旧市街のすぐ外を出たところ。トラムが交差する大通り。
ここに私は宿泊したのですが、旧市街まですぐだし、駅からもトラムで数駅と、とても滞在しやすい街でした。


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ヴロツワフの観光ガイドでは、旧市街の一部の歴史的建築しか紹介されないと思うので、他の光景をご紹介。


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ポーランド中にあるこの手の社会主義団地。
古い建築と連立しているのが、ポーランドの建築群の特徴。
ここがポーランドらしい、ユニークな点。


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ワルシャワでは、このような社会主義団地に泊まる経験もできた。
薄暗い廊下(明らかに電気が少ない)、あのなんとも言えない冷たいつるっとした装飾なしのコンクリートの表面の壁や床を感じることができて、今までポーランド映画で見てきた空気感がとても身近なものに。
これからもう一度、ポーランド映画を観直してみたい。明らかに見方が変わっているだろう。


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ポーランドという国は、今後も印象深く私の心に残るだろう。
戦争の大きな傷跡はこの国の大きな特徴で、特徴が突出している国というのはあらゆる意味で印象が強い。


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そしてこの国のポーランド人。
侵略を繰り返されて外国人嫌いになる国も多いのだけれど、私が感じたポーランド人は排他的どころがとても暖かく、旅行客に心から親切なのであった。
昔から言われている、寛容の精神というのが根付いているのだなあ。


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そして、私を驚かせたのは、美味しい料理が食べられる国ということ。
「ポーランドは料理がまずい」というのは、「ポーランドの郷土料理が美味しくない」ということ。確かに、ポーランド料理というのは、フランスやイタリア料理に比べて万人に受けない。バラエティもない。
だが近年の、目を見張る周囲の国からの影響。イタリアンレストランにフランス風ベーカリー、質の高いコーヒを出すカフェ。パリと同レベルのスイーツ類。
こんなに美味しいものがこの国で食べられるとは、全く想像していなかった。


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これはポーランド最後のスイーツ。
中はマスカルポーネチーズのクリーム。周りはメレンゲ。
最後の記念に、サイズで勝負(笑)


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ああ、またポーランドのカフェに行きたいなあ。


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アメリカにはない光景。
アメリカのこういう建物は低所得者用に建てられた公営住宅で、その末犯罪の巣窟となり、荒れ果てた。ドラッグディーラー、麻薬中毒者、ギャングが出入りする近づきたくない建物なのだ。

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だからこのような団地に、花が飾ってある光景がものすごく目新しくて、ついつい追いかけてしまう。
アメリカにはない、ポーランド的光景。

団地にもいろんなデザインがあって、古い建物との共存が面白い。
日本の団地が歴史ある建築とくっついてる、っていうのはありえないですからね。
街の形って色々。


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この壁の形、クラクフのゲットー壁を思い出してしまう。
よくあるデザインなのだろうけれど、イメージというのは怖い。
「ゲットー経験」は、こんなにも自分の見方も変えてしまうのだな、と思った。クラクフ行ってなかったら、この壁に目を留めることもしなかったはず。


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ポーランドといえば、トラム。どの街に行ってもトラム。
いろんな国でバスがトラムに変わっていく中、この国は相変わらずトラム(バスもある)。
「この光景、無くして欲しくない」と、都電光景を失った江戸っ子の私は願う。


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ヴロツワフの後は、ドイツに入ります。
書くのも辛い、読むのも重いテーマがあったと思いますが、ポーランド日記お付き合いくださってありがとうございました。





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