見納め

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 28.2017 花&植物
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明日から嵐が来るので、今年のこのクラブアップル、見納め。
今年もたくさんの元気をありがとう。また来年!


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クラブアップル満開

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 26.2017 花&植物
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ピンクのクラブアップル、満開。シカゴの春も満開。


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今年のクラブアップル

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 25.2017 花&植物
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今年のクラブアップル。西洋姫林檎の花。
何十種類とあるクラブアップルですが、その中で一番先に咲き始めるこの種類。今満開。


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毎年のように撮る花だけど、去年はちょうどこの時期に日本に帰国していたので(おかげで日本の桜を10数年振りに拝めましたが!)、なんだか久々に会った感じ。この花が咲く頃、シカゴは本格的に春らしくなる。あたりが一気に花の匂いに包まれる。


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イースターも過ぎ、クラブアップルも咲き、春の行事が流れるように進んでいく。
シカゴの短い春がどんどん過ぎていく。あっという間に夏が来るからなあ。


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ダビデ像

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 18.2017 思うこと/考えること
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ダビデ像。
いろんな芸術家の作品があるけれど、ここで言うのはミケランジェロのあのダビデ像。
「ダビデ」と聞いたら、あのダビデが一番先に思い浮かぶ。

フィレンツエのアカデミア美術館で、一番最初に本物を見たときはまだ私は20代だった。
明らかに、現在あのダビデ像を崇拝するほどには、崇拝できなかった。
何故ならば、自分がダビデに近い年齢で若かったからだ。
女だし、男の肉体を自分が持っていなくとも、若さゆえの美しさを自らが持っている頃、あのダビデを本当に「特別なもの」とは見れない。あの筋肉美さえも、まだそこらへんに転がっているものと思ってしまう。ダビデまででなくとも、綺麗な筋肉を持った男性たちは周囲にたくさんいる。

ダビデ像はミケランジェロが37歳の時に彫り始めた作品。
男が、同性である男の肉体美を崇拝し、命を吹き込んだ作品。ミケランジェロがまだ若く、20代だったらあの完璧さは表現できなかったのではないか。非常に細かい筋肉の動きや静脈の描写。ミケランジェロという男は体も大きく逞しく、多数の大掛かりな作品を残した健康にも恵まれた人だ。若い頃から自分の才能をよく熟知し、自負した生意気な若造でもあった。そんな男こそ、30半ばを過ぎた時、以前持っていた肉体の衰え、筋肉の衰えに気づく。肉体美というのは、永遠ではないことを思い知る。
人間は、衰え始めてこそ、失い初めてこそ、完璧なる美への賞賛が大きくなる。失い始めたミケランジェロだからこそ、そして、外観は衰え始めても体力的にはまだ血気盛んだった30代のミケランジェロだったからこそ、5mを超える力強いダビデ像を彫ることができたのだと思う。

ダビデよりもずっと若く体もできていない年齢であの彫刻を見ても、きっとピンとこない。
ダビデと同年齢の男性は、あのたくましい体に憧れを持つだろう。
そして自分がダビデよりもずっと年を上回った時、あの彫刻を見ると、何故あの作品が賞賛されて、何故そんなに特別なものなのかがよくわかる。
肉体美は儚い。儚いけれど、古代ギリシャの時代から、男たちは体を鍛えていた。現代のジムで人々は体を鍛えるが、もっと原始的な方法ではあるが同じような形でギリシャの男たちは体を作っていた。
何故ならば。もちろん、戦いに挑むためという理由もあるが、彼らは肉体美を崇拝していたから。儚い美だと知っていたから。それゆえ肉体は挑戦だと認識していたから。

体を意識的に鍛えている人間こそ、あのダビデ像を敬うだろう。
頑張って鍛えても、あのような肉体には簡単になれないことを知っているから。
あの肉体美は、まず美しく整った骨格の持ち主でなければならぬ。その骨格の上についたたくましい筋肉。その筋肉を守る薄い脂肪。あの体を手に入れるには、たゆまぬ努力と、健全な精神がなくてはならず。
ダビデ像が持つ鋭い眼差し、緊張感。戦いに挑む直前の、ふっと息を吐いて緩ませる筋肉と、力の入れ具合のバランス。あの肉体を持つ男のそれまでの、体が経験してきた記憶と結果が全身に表れている。肉体はそれまでのその人の生き方を如実に表す。

現代では、クリスティアーノ・ロナウドの肉体は一番ダビデに近いでしょうかね。生きるダビデ像(笑)。
ただ鍛えただけの体には緊張感がないけれど、現役アスリートたちの体にはダビデのような緊張感がみなぎっている。
クリスティアーノの肉体は、戦うために惜しむ間も無く鍛え上げたプロの体。彼も骨格が非常に美しい。彫刻家は彼をモデルにしたいでしょうねえ。彼の肉体は、テキトーな銅像になるんじゃなくて、ミケランジェロみたいな芸術家に彫ってもらうべきであります。


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女友達へのラブレター

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 16.2017 人いろいろ/人間
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「私にとっての友達はいざという時思い出してくれる人かな。」  高校時代の女友達が、私のブログを読んでこう言った。
深く同意する。私は、卒業後ずーっと会っていないそのとものことを、時々「どうしてるかな」と思い気にかける。そう思っていた矢先に届いたメール。お互いに思い出してはメールでおしゃべりする。思い出すだすだけでなく、お互いにやり取りをしないと「友達」とは私は呼べないけれど。思い出すだけなら「過去の友達」なので。

2年前に読んだ角田光代の「対岸の彼女」。
この本を読んだ時に、彼女にすごく話したくなった。一番話したかったのだけれど、小説の重さをすぐに頭の中でこなせなくて、どこから書いていいかわからなかった。
主人公の現在と、高校時代の女友達との思い出が交互に綴られる。特に高校時代の描写が秀逸。久しぶりに小説でボロボロ涙を流した経験をしたのだが、先ほど読み直してまた泣いた。

主人公の葵は、現在はベンチャー企業の女社長。キビキビさっぱりの性格でどこか男勝り。
だが、彼女の高校生時代の姿はぜんぜん違う。この高校時代があるから今の葵なのだな、とわかる。今の葵は、高校時代の親友ナナコを彷彿させる。

葵の唯一の友達、ナナコ。女学校の入学式の時から気さくに葵に声をかけてきた、背が小さくて痩せっぽちの、ショートカットの女の子。
中学時代のいじめが原因で、何かを恐れて人と付き合う葵。一方、誰ともつるまない、どこのグループにも属さないナナコ。一風変わったナナコと学校で表立って付き合うことをせず、放課後だけ会う。そんな卑怯な葵を、ナナコは責めもしない。
なんのことも悪く言わないナナコ。嫌いだという表現よりは好きだという表現をするナナコ。ネガティブにものを捉えないナナコ。学校でいじめられることなど「私なんにもこわくないの。そんなとこに私の大事なものはないの」と言い切るナナコ。
いじめられた経験をしてきた葵は、きっとナナコという人間は、綺麗なものばかり見てきたんだろう、と思う。汚いこと、醜いこと、ひどいことを見ることなく、大事に守られて生きてきたのだろう、と。

ところが、ナナコの家庭環境は正反対だったことを知る。誰にも守られず、見る必要のないものまで見て一人で成長してきた。
おまけに、学校ではナナコの家庭環境のせいで総いじめまでが始まっていた。
あっけらかんと笑い転げ、おばさんのように話し続け、一緒の夏休みのバイトで働き続ける明るいナナコが、ある時涙をポロポロこぼす。ガラスのように繊細な心を持ったナナコの本来の姿に、葵は絶句する。

葵の語るナナコの描写は、男と女のそれとは違うのだけれど、ちょっと淡い恋心にも似た気持ちが入り混ざっている、というように私は感じる。
スカートから出たまっすぐな足。童顔の顔。クラスのゴタゴタなど関係ないそぶりを見せて窓の外を見ている横顔の美しさ。媚びない潔さ。度胸のよさ。知識の豊富さ。大胆さ。そして彼女の心の空洞にまで、葵は惹きつけられる。

私が過ごした高校時代には、見かけとか性格とかナナコのような、ナナコそのものみたいな子はいなかった。
だけど、どこかしら、部分的に誰かを思い出す。我々のいろんなかけらを持ち合わせた女の子が、ナナコのような気がする。ボーイッシュで笑顔の可愛い子がいた。スカートからまっすぐな細い足を出した清潔な子がいた。何が起こっても冷静で、自分の世界をしっかり持って誰にも混ざらない子がいた。
私にも、ナナコの言動に非常によく似たところがあり、親しみを感じてしまう。
「大切じゃないものって本当にどうでもいい」ところとか、「本当に大切なものは一個か二個であとはどうでもいい」ところとか。「私の大切なものはそんなとこにない」と、ちょっと浮世離れしたように世間には思えてしまうだろう態度を取るところとか。私の高校時代、そうだったから。

ある事件が起きて、葵とナナコはバラバラになり、ナナコは転校する。
しばらくしてやっとの再会で、ナナコは自分の「大切な場所」に葵を連れて行く。それは近所にある、葵とナナコもよく過ごした川。ナナコが見て育った川。
朝の7時になると、川には空が映り、すごく綺麗な色になる。それを、ナナコは葵に見せたかった。8時になると元どおりの色に戻ってしまうから、と。
毎朝、小中高校時代と、通学途中授業が始まる前に、7時に河原でこの色を見ていたナナコ。小中時代のナナコを葵は知らないが、その姿さえ目に浮かぶ。
この川のシーンの友情の描写には、私は涙が止まらない。ナナコがものすごく愛おしくなる。葵の気持ちになる。
こういうことを「大切にする」ナナコ。こういうことが「大切なもの」だったナナコ。

「川に映る空。そこに立っていると、空の上にいるような気分になる」というナナコ。
私も川に映る青空と雲を見て、夕焼けを見て、地面に空があるような不思議な感覚を味わうのが好きだ。
雪で地面が真っ白になった時、雑木林に行って長ーく伸びた木の影を眺めるのが好きだ。日が高いうちは影が伸びず、日の沈むちょっと前にいい影が伸びてくれる。そのわずかな瞬間の雪原のシルエットを見るための、私の秘密の場所を持っている。
この川のシーンを読んだ時、ああ、ナナコを抱きしめたい、ナナコと話したい、と思った。ナナコは友達のかけらでもあり、自分でもある。

入学式の時に葵は、よく喋るナナコを、「おばさんみたい」と思った。「この世の中のことはどうでもよくて、どうでもよくない狭い世界には、悪意や疑念など七面倒くさいことはこれっぽっちも存在しないのだと、思い込んでるようなおばさん」と。
その「おばさん」の正体は、川に映る空を毎朝7時に眺め、「私の秘密の場所」とする女の子だった。

大人になった女たちが、高校時代のガラスの世界の自分たちを、愛情を込めて抱きしめる。そんな小説。
教室に響くケラケラとした笑い声や、廊下ですれ違った時に見せる満面の笑みや、健康的な肢体だけで我々は成り立っていたわけではない。心に持っている棘もガラスの破片も牙も、今よりももっと鋭かった。
すぐに壊れてしまう不安定で拠り所のない気持ちを、屈託のない笑顔で隠していた。
この小説を読んで、その女友達を思い出したのは、やっぱり彼女にもナナコの欠片があったからだ。私と彼女は全然違うのだけれど、彼女も「ナナコ」を持っている。

「私たち、どこにもいけなかった」と再会の時にナナコが葵に言う。
どこかに逃げ出したくても、それすらも自由にならない高校生のあの頃。どこかに行きたくても、どこへ行こうとしているのかもわからないあの頃。
もがき苦しみ傷つく。自分の不甲斐なさに傷つく。
そんな哀れな脆い時代も、あと数年して大人になれば解放される、ということを想像できないあの頃。
思いっきり自由になれない中でもがきながら笑った時を過ごした友達というのは、かけがえのない存在だと思う。

女の友情より、男の友情の方が深い、と先日書いた。実際に、男の友情の方が絵になるので、映画だってそういう話が多い。
女の友情ものは男に比べると数少ないが、この作品は数少ない優れたものだと思う。
映画の女の友情ものはいくつかいいのがあるけれど、小説でのトップの一つに、私は「対岸の彼女」を挙げたい。


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