シカゴのチャイナタウン

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 29.2016 エスニックタウン
onlychinatown.jpg


記録的に気温の低かったシカゴの5月。だが先日急に30度を超える真夏日がやってきた。
今は8時半頃まで夜は明るい。7時頃からチャリで夕涼みにチャイナタウンへ。


onlychinatown2.jpg


アメリカは他に、サンフランシスコ、ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィアに有名なチャイナタウンがある。
だがどのチャイナタウンも時代の流れで中国色が失われてきたり、街の開発でコミュニティが壊れてきたり、ジェントリフィケーションでやたらと綺麗になって伝統的な匂いが失われつつある。


onlychinatown3.jpg


そんな中で、シカゴのチャイナタウンは、伝統的なまま、すなわち中国系移民の居住地として、唯一大きく成長し続けている珍しい例らしい。
チャイナタウンに住む65%の住人が、アメリカ以外の生まれ。1世としてこの地にやってきた人々。
ここでは福建語、北京語、広東語と様々な中国語を耳にするが、常に「一世」が移民し続けるので、何十年経っても英語を耳にする機会が少ない。
濃いエスニック色を求めるならば、こういうチャイナタウンの方が面白い。


onlychinatown4.jpg



onlychinatown5.jpg


先月日本に一時帰国して、まあ本当に多くの中国人旅行客を目の当たりにして色々思った。
「爆買い」(今回学んだ日本語)にしろ、最後成田空港の搭乗ゲートで座席を家族親戚で分捕りソフトクリームを舐め、待ち時間で食べ続け、しゃべり続け、買い物した化粧品の箱を開け、私が自分のバッグを置いていた席の半分のスペースにもドカンと座り、彼らの空気に圧倒されたり迷惑そうにしたり縮こまっている日本人や欧米人の怪訝そうな顔も全く気にせず我が道をいくという姿。
中国の旅でもつくづく思ったが、マナーの悪さは言い換えればタフさや強さ。マナーなんて気にせずに生きていかなければならない、競い合って生きていかなければならない彼らの姿勢でもあり。
品のなさや節操のなさも、言い換えればパワー。節操のある日本人は、パワーでは負ける。人の目を気にする日本人は品は保てるが、強さでは負ける。


onlychinatown6.jpg


何が基準で何を美徳とするかは文化によって違う。
日本国においてあの中国パワーは浮き立っているが、世界であらゆる意味で生き残っていけるのは、節操のないダンプカーであって小さなエコカーではないのかもしれない。


onlychinatown7.jpg


おそらく相容れない価値観の違いは両者にはあり。
私の最初の夫が大陸出身の中国人だったことを思うと不思議だ(笑)
向こうは中国人の中では超お育ちのいいお坊ちゃんで、私は当時小国日本社会が肌に合わないじゃじゃ馬だったから、お互いにギリギリ近かったのかもしれない(笑)。
彼にはこのチャイナタウンの裏の裏のレストランまで連れてきたもらったなあ、と、今ではそれがどこだったかも思い出せない、チャイナタウンの幻想めいた夕涼みの一刻。


onlychinatown8.jpg



料理ブログ「アメリカ・多国籍食堂」もどうぞよろしく♪
最近のメニューは、チアシード入りストロベリースムージーなど!




『黒人コミュニティ、「被差別と憎悪と依存」の現在』高山マミ著
Amazon
ビーケーワン
丸善&ジュンク堂
楽天ブックス
セブンネットショッピング



『ブラック・カルチャー観察日記』高山マミ著 
全国の書店で好評発売中!!
Amazon



スポンサーサイト

リトル・イタリーに残る廃墟

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 04.2012 エスニックタウン
maggio11.jpg



イタリア移民のおかげで、シカゴは美味しいイタリア料理を食べられる都市の一つだ。
リトル・イタリーにも、長年お気に入りのレストランがあり、ときどきやって来る。ドアマンというか用心棒が、太っちょの絵に描いたようなマフィアみたいな人で、なかなか雰囲気がある(笑)



maggio21.jpg



リトル・イタリーの中に建つ、ジョー・ディマジオの銅像。
彼はシカゴ出身でもないし(カリフォルニア出身)、シカゴのチームで活躍したわけでもないのに(ニューヨークヤンキース)、なぜかここに(笑)
「ああ、マリリン・モンローと結婚していた人ね」なんて言ってはいけませんよ。プライドの高い、野球界の大スターディマジオは、妻のマリリンの方が人気があることを非常に嫌っていたそうですから(笑)。
イタリア人というのは同胞のヒーローが大好き。特に当時の古き世代は。
フランク・シナトラとかディーン・マーチンも、イタリア移民の星。
貧しいイタリア移民が、アメリカのトップに登りつめ、活躍しているのを見て大いに励まされたのだ。




maggio31.jpg



リトル・イタリーも再開発で随分と綺麗になり、古ぼけたイメージから洗練されて来た。

だがつい5年前まで、リトル・イタリーのど真ん中に、プロジェクト(低所得者用公営団地)が並んでいて、そのおかげで一部はものすごく治安が悪かったのだ。




maggio41.jpg


なんとそのプロジェクトの建物が、一棟だけ取り壊されずに残っている。
高層ではないが、この3階建てのプロジェクトが1ブロックに並んで建っていた。

私が住んでいた頃はもちろん、プロジェクトの住民がわんさか溢れていて、その前の通りだけは歩ける場所ではなかった。昼間から学校に行っていない10代の若者たちがウロウロたむろし、おじさんたちも昼間っから酔っていた。
犯罪の巣窟が、リトル・イタリーの真ん中にあったのが不思議であるが、元々犯罪の巣窟を作るためにプロジェクトというのは建てられたわけではないのだ。
低所得者たちの生活の援助政策なのだが、結果的に人種は黒人だけが集まって住むようになり、人種の棲み分けと、中流層になったイタリア系移民たちとの間に溝も出来た。

この犯罪の巣窟となったプロジェクトが、60、70年代からのリトル・イタリーの衰退に拍車をかけた。
どんどんイタリア系がこの地域から出て行き、もっと安全に住める郊外に移って行ったのは仕方ないことなのだ。

アメリカの大都市にあるプロジェクト(公営団地)というのは、間違った都市計画の最たる例だ。
貧困層と犯罪という関係が、計画時には見えなかったのだろう。
狭い土地に高層ビルをくっつけて建てると、死角が沢山でき、犯罪にはもってこいの場所になる。
殺人、麻薬の密売、レイプ、強盗。。。
通りで事件が起きても、犯人はすぐに九龍城のような迷路の中に入ってしまう。警察もお手上げの無法地帯なのだ。




maggio51.jpg



リトル・イタリーに住んでいる頃、この前の通りだけは車でしか通ったことがない。
車に乗っていても、怖い思いをしたことがある。
プロジェクトとリトル・イタリーの境の通りに、買ったばかりの車(エコノミーカーだ)を停めて中にいた。
シートを倒していたので、外から見ると人が中に居るのが見えなかったのだろう。すぐに黒人のティーンエージャーの男の子が4人、私の車に向かって走って来たのだ。
それが見えたので、私は姿勢を正して中に乗っていることを示した。彼らは、もう少しで車のドアに手をかけるところだったが、私に気づいて何も知らぬフリをして散って行った。真昼間のことである。
駐車してある車があれば、とりあえず何かを盗む。ドアが開かない場合はタイヤのホイールを盗んで行く。それが日常だ。

だが不思議なことに、リトル・イタリーの中でプロジェクトの住人らしき黒人を一度も見たことがない(夜になって犯罪には来るのだが)。
決して彼らは昼間は歩かない。自分たちの住むテリトリーの中にいる。リトル・イタリーの住民が、プロジェクト内を歩かないのと同じだ。
黒人たちは、白人地域に行っても自分たちが浮くこと、必要以上に怪しまれること、自分たちがウェルカムではないこと十分に知っているからだ。
目と鼻の先に黒人居住のブロックがあるというのに、見事に分かれた人種空間にアメリカの縮図を見たのだった。

上の写真でインド人のカップルが左に向かって歩いているが、プロジェクトが生きていた頃には絶対にあり得ない光景だ。
この先はそれこそ異様な暗闇のような「巣」で、ジャンクカーが並び、怪しい人たちがたむろしていた。
犯罪の巣が取り壊された途端、いきなり風通しがよくなり風景も変わってしまうものだ。

今、プロジェクトが建っていた土地には新しい商業用ビルも建っているが、まだ更地の所も多い。
空き地になっている場所にはシティーガーデンが作られ、トマトや茄子が植えられていた。白人のお兄ちゃんが水やりしていて、なんと随分とこの辺変わったものだと思った。

貧困と重犯罪が直結するのはアメリカの問題点だ。
銃社会の怖さである。



maggio61.jpg



リトル・イタリーの中の闇の部分が無くなった今、当然のように再開発が進む。
元プロジェクトがあった真ん前に、スタバが出来て学生で賑わうことなど昔は想像できなかった。

そういえば、永住権の申請をする時に健康診断書を提出するのだが、イミグレーション用の診断書を作成してくれる指定クリニックが市内にいくつかあって、そのどれかに行かなければならなかった。
「100ドル出しても300ドル出しても同じ診断書だよ」と係の人に言われ、安く診断書を作ってくれるクリニックを紹介してもらった。
その場所が、リトル・イタリーの隅っこ、プロジェクトのはす向かいにあった(笑)
1階建ての古びたクリニックで、中に入ると大勢のメキシカンファミリーたちで溢れていた。
背の低い白人の初老の先生と、背が高くて最初「男?」と思った、女装した男っぽい黒人女性の看護士。
そして待合室に響くスペイン語の嵐。
その不思議なクリニック、もうその場所にはなかったなあ。
十分、診断書作成だけでも潤っていたはずなのだが。


アメリカの都市というのはどこでも、実に移り変わりが激しい。
それが本来あるべき都市の姿なのだけど。




maggio71.jpg



新しいブログ「New York ノスタルジア」もどうぞよろしく。



『黒人コミュニティ、「被差別と憎悪と依存」の現在』高山マミ著
亜紀書房より5月に発売されました。
Amazon
ビーケーワン
丸善&ジュンク堂
楽天ブックス
セブンネットショッピング


『ブラック・カルチャー観察日記』高山マミ著 
全国の書店で好評発売中!!
Amazon

マフィア(?)がくれたサンドイッチ

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 02.2012 エスニックタウン
mafi11.jpg



前回のリトル・イタリー物語の続き。



mafi21.jpg



ここは1940年代後半創業のイタリアンデリ。
壁にかかっている50~60年代の写真を見ると、野菜やチーズを売る光景はイタリアそのもの。
デリ内にテーブルを置いて、イタリアンサブを食べられるような空間を作っているところは、とてもアメリカ的であり近代的である。
アメリカ人は、立ったままコーヒー飲んだり、サンドイッチ食べたりするのがあんまり好きじゃないのよね。




mafi31.jpg



コーヒー豆は、イタリアはトリエステのillyのもの。
奥のスイーツはカノーリ
イタリアのカノーリはクリームの中に砂糖漬けのフルーツが入っていることが多いのだが、アメリカのはチョコレートチップが入っていることが多い。

映画「ゴッドファーザー3」のクライマックスで、ドン・アルトベッロはオペラ鑑賞をしながらこのカノーリで毒殺されるシーンがあることは、以前のブログにて書いた。

「ゴッドファーザー」(1)でも、カノーリは会話の中で印象的な使い方をされている。
一族の裏切り者(おそらくマイケルの従兄弟)の銃殺を命令されたピーター・クレメンザは、その「仕事」に出かける朝、妻に「カノーリを忘れないでね!」と頼まれる。
ポーリーを車中に置いて、クレメンザは立ちションをしに外に出る。その間に他の仲間がポーリーを銃殺。
何食わぬ顔で戻ったクレメンザはその仲間に、「銃は置いてけ。カノーリは持って行け」と言う。
車内からカノーリの入った白い箱を取り出すクレメンザ。

親族の殺人という、マフィアではない一般人からはかけ離れたような出来事の脇に、家族との普通の日常をカノーリというお菓子に代表させて描いてある。
カノーリというのはとても庶民的な、イタリアの日常を代表するようなお菓子だ。
この描写で、強面のマフィアの表面からは見えてこない家族性(あとで家族と一緒にカノーリを食べるのだろう)が見えて来る。




mafi41.jpg



イタリアの「サンドイッチ」と言えば、アメリカでは「イタリアンサブ」と呼ばれるこれ。
この日の中身は、カピオコーラ(アメリカでは、カッポコーロと呼ばれる)とプロヴォローネチーズ。

イタリアンサブといえば、忘れられない思い出がある。
リトル・イタリーに住んでいた頃、毎日通る小さな通りに、とある建物があった。
車2台が入るくらいの大きさの1階建ての建物だが、レンガだけで窓がない。そして重厚な鉄の扉がある。
一見「住宅の裏側」といった感じなので、別に気にもとめていなかったが、毎日その重厚なドアの横に、イタリア系のおじさんが3人くらい、椅子を外に出して座っている。
イタリア人のおじさんは、よく日なたぼっこに家の外にこうやって座り、イタリア語で会話している。のどかな光景だ。

毎日毎日こんな光景だったが、その日は違った。
帰り道、いつも「開かずのドア」だった扉が開いて、中から安岡力也を濃くしたような50歳くらいのおじさんが出て来た。
そして通りを歩いている私に向かって、「サンドイッチ食べる?」

へ???

いきなり見知らぬ人に「サンドイッチ食べる?」と声をかけられて、イエスとかノーとか即答できる人はいないだろう。
子供の頃から、「知らないおじさんに「チョコレートあげるよ」と言われても、ついていってはいけません」と厳しく教えられた私は、返答に窮する。

しかし私の返事を待たずに安岡力也は、「ちょっと待ってて」とまた扉を開けて中に入って行った。

その時私は見た。
いつもは開かない、そのグレー色の鉄の扉の中を。



mafi51.jpg



気にもとめていなかった建物だが、こういう光景を誰が想像できるだろう。
窓も無い扉の中はこじんまりしたレストランのようになっていて、テーブルがいくつもある。
そしてイタリアおじさん、そう、男性だけが集まって、なんか食べたり話したりゲームしたり(?)しているのだ。
テーブル席の奥にはキッチンのようなものがある。

ここってレストラン????
看板もなにもない。
そんな雰囲気は外から全く想像できない。どう見ても車庫とか倉庫にしか見えない。
ところが中は社交場なのだ。

しばらくすると扉がまた開いて、安岡力也が出て来た。
「これ、美味しいよ」と言って私にくれたのは、長~い紙の包み。
「サンドイッチ」と聞いて、つい四角いパンのサンドイッチを想像していた私だったが、「そうだ、イタリアンサブだ」と思い出したのだった。

そのイタリアンサブは、18インチ(40cm)はある長さで、ルームメイトと分けて食べた。
上記に載せた写真の具の、大げさではなく6~7倍の肉(サラミや生ハム)と大量のイタリアンチーズが入っていた。めちゃくちゃ美味しかった。




mafi61.jpg



あれから時々映画などで、リトルイタリーのマフィアの要人たちが話し合いをする場として描かれるレストランのバックルームなんかを見かけると、「ああ、これこれ」と思い出す。
「メンバーズオンリー」とも記されていない、真の秘密の場。
薄暗い室内で、意外と質素なテーブルと椅子が置いてあり、しかし食べ物だけはちゃんと作れるキッチンがある。

あの鉄の扉の中も、そういう場所なのだなあ、と思うと、なんだかワクワクドキドキだ。
暗黒のマフィアの時代は終わったのだが、完全に彼らが消えてしまったわけではないことは確かなわけで。
表通りの老舗のレストランなんかだって、それこそ裏で牛耳るマフィアの匂いがプンプンだ。
リトル・イタリーの中でも、決して、デリのまるっこい主人みたいな人たちには無縁の場所。

また安岡力也に会ったら、サンドイッチのお礼を言おうと思っていたのだが、あれ以来彼に会うことはなかった。
いつものようにイタリア系のおじさんたちは椅子に座っているのだが、私と目があっても「サンドイッチ食べる?」などと聞いてこない。
あの力也おじさんは一体何者だったのだろう??


あの怪しい扉の建物は果たしてまだあるのだろうか?と思ったら、すぐに分かった。
当時とそっくりそのままの形で残っている。
なんですぐに分かったかというと、一人ではあったが、またおじさんが外に椅子を出して座っていたのだ。
コックリコックリと寝入っていたが、私に気づくとすぐ起きた。
おじさんがいなければ写真に撮ってこようと思ったが、無理でした。

いつもここにいるおじさんたちは、いわゆる見張り番なのだ。
関係者以外が扉を開けないように。

うちの近所の一等地の一画に、イタリアンレストランとデリが並んでオープンしたのだが、レストランの方は準備されたまま3年ほど閉まったままだった。貼り紙には「Coming soon」とありながら。
色々噂があった。オープンする予定だったオーナーがマフィア絡みで殺されて、オーナーが変わって新装開店したとか。
いろいろありますよねえ。。。




mafi71.jpg



新しいブログ「New York ノスタルジア」もどうぞよろしく。



『黒人コミュニティ、「被差別と憎悪と依存」の現在』高山マミ著
亜紀書房より5月に発売されました。
Amazon
ビーケーワン
丸善&ジュンク堂
楽天ブックス
セブンネットショッピング


『ブラック・カルチャー観察日記』高山マミ著 
全国の書店で好評発売中!!
Amazon

リトルイタリー物語/イタリアンサブ

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 29.2012 エスニックタウン
fonta11.jpg



シカゴのリトルイタリーには学生時代に住んでいたことがあるので、来るといつも懐かしい気分に。
表通りのイタリア系経営の店は徐々に減って来てはいるものの(かつてはもっと沢山あった)、裏通りに1930年代初頭から営業している古いイタリアデリがある。

この通りは学生時代は毎日通っていた。
もう20年以上も前のことだが、当時はもっと古くさい店構えだった。看板も古かったし、店内も暗くて恐らく1960年代から改装されてないだろうな、といった感じだった。その古臭さがいかにもイタリア人街らしくてよかったのだけれど。

どんなエスニックタウンもそうなのだけれど、ツーリスト相手に店を開いているわけではない(結果的にそのようになる場合もあるが)。
何世代も続けて知り合いの近所の人を相手にしているので、こういう店は「入りやすさ」に重点を置いて作られていない。
特にイタリア人街の店の場合、ドアは重厚な鉄製(倉庫のような)だったり(これは防犯面も含んでいる)、窓が小さい上に中が暗くてよく見えないので、どんな店なのかもよく分からない。常連客は分かりきっているので、それで問題無い、といった感じだ。

時代は流れ、世代交替もし、商売上これではまずいんじゃないかと思ったかどうかは確かじゃないが、ここ6~7年で随分と店が様変わり。

窓は大きくなり、ガラスドアになり、店内が見えるようにして入りやすくした。
マックにしてもスタバにしてもサブウェイにしても、フランチャイズ店がみな「大きなガラス窓」を持っているのはそのためで、通りがかりの人が「入りやすい」。これ商売面では重要。ノスタルジーを求める客にはポイント低いだろうが(笑)。




fonta21.jpg


学生時代からこの店に来ていなかったのだが、まだ存在することにビックリだ。それだけでも有り難い。
しかし店内はすっかり変わった。
デリのカウンターとかメニューとか全てが明るくなってキレイになっていた。




fonta31.jpg



しかし、サンドイッチの美味しさは変わらず。
昔は、店内ビッシリ食料品の棚が並んでいて、サンドイッチは売っているものの、中で食べるスペースはカウンターしかなかった。だからいつもテイクアウトしかしたことがなかった。
しかし改装後は、テーブルまで置いてあるのでイートインできる。

イタリアンサブと呼ばれる、フランスパンを使ったイタリアのサンドイッチ。
イタリア旅行中も、よくデリでサンドイッチを作ってもらって、眺めのいい場所に座って食べたりしたなあ。

中身はハムとプロシュートとプロボローネチーズのシンプルな、だけど一番美味しいと思うイタリアの味。
刻んだレタスとトマトをサービスで入れてくれる(無しの場合も値段は同じ)ところは、とてもアメリカ的。

これで一番小さいサイズの6インチ。
サイズは8、10、12、16インチとあり、一番大きいのは3フィート!(90cm以上)。
この3フィートの超ロングサブを作ってもらって、公園で数人でちぎって食べるのも美味しいのである。




fonta41.jpg



昔はところ狭しと食料品が並んでいたのだが、とても広いスペースで食料品はもうそんなに置いていない。
こういう店の多くは、近年ケータリング業に主なビジネスをシフト替えしている。
ホームパーティが盛んな国なので、子供の誕生日会があると「ミニサンドイッチ50個」とか「カノーリ3ダース」とかの注文が入る。アメリカではケータリングは結構大きなビジネスなのだ。ホストがキッチンに引きこもりで料理する、なんてことないですから。




fonta51.jpg



端にいる丸っこい人が店の主人。
混じりっけなしの、南部イタリア人そのもの、といった感じの人。
壁に飾ってあるモノクロ写真の女性は、彼のおばあちゃんだろう。1932年創業だと、1世か2世でそんな感じだろうな。


fonta61.jpg



この店の真向かいには別の店がある。
この店も古い。昔、手書き文字の看板がかかっていたのをよーく覚えている。毎日見てたから。
いつの間にか新しい看板に変わっていたよ。店も様変わり。

この向いの店の男性がやってきて、主人となんだかしばらく喋っていた。
お互いに窓腰に見てヒマそうだと行き来するのだろう。
アメリカにはイタリア系は多いが、観察していると、飲食系のファミリービジネスをしている人たちは特に、イタリア人の特徴が何世代にも渡ってすごく出る。
話している言葉は英語だが、身振り手振りのジェスチャーとか、動き方や歩き方まで、イタリア南部で見かけるイタリア人そのものなのね(笑)。
やはりコミュニティ内で、ファミリービジネス(親戚一同イタリアン)という環境は、濃いイタリアの血がなかなか薄まらないのだろうな。
食べている途中で親戚と思われるおばあちゃんまで孫を連れてやってきた。小切手もってきて、なにやら仕事の話。
そのおばあちゃんもエプロン付けてたから、ここで働いているのかな、と思ってたら、なんと向いの店で働いていた。
ひょっとしたら、ここと向いの店は親戚同士なのかもしれない。大いにあり得る。
こっちの店の息子と、向いの店の娘が結婚したのかもしれないし。。。。なんて想像してみる。
濃い。。。濃いよ。イタリアンコミュニティ。
一見、絆が弱まっているように見えるリトルイタリーも、濃いところは濃いのだ。



この店のすぐ近くの、学生時代に住んでいたアパートに行ってみた。
あるとは思っていたが、まだ健在の赤煉瓦ビル。


fonta71.jpg


外見は普通なのだが、このアパート中がオンボロなのだ。
オンボロなのだが、大学生相手なので家賃が安い点がメリット。そしてひっきりなしに借りてくれるから、家主は改装もしないでそのままなのである。
学生にとっては「安い」のが一番で、図書館で夜中まで勉強して寝るだけだから、住み心地とか家具とかにはこだわらない。

一般に賃貸アパートは、半年とか1年の最低期間が契約で、それ以内に引っ越すと違約金を取られる。
ところがこのアパートは、2ヶ月とか3ヶ月とかの短期契約もOKなので、「もっとマシな所を探すまでの間」といった留学生たちが「とりあえず」住むのだ。

しかも、一部屋に何人住んでも怒られない(笑)。普通のアパートはこういうのすごくうるさい。
そして家賃を、人数割りしてくれるのだ。例えば600ドルの部屋に3人で住むとなると、一人200ドル。普通ならば誰かが代表して600ドルをまとめて納めなければならないのが家賃であるが、一人200ドルずつ徴収してくれるので助かる。
だから、家賃払わないルームメイトがいてもこっちには迷惑こうむらないし、その人が追い出されても自分は大丈夫なのだ。
そういう利点は沢山あるのだが、古いアパートなのでしょっちゅう何かが壊れる。水道管から水漏れしたり、いろいろだ。
そのたびにルイージという名のイタリア系の家主のおじさんがやって来るのだが、これまたイタリアンタイムで動いてくれるのでなかなか直してくれなかったりする。
しかもルイージおじさん、英語をあまり喋れない。留学生の私の方が、最近アメリカに来たばかりの私の方がずっと英語上手いじゃん、といったくらいなのである。
ルイージおじさんとのコミュニケーションも大変だった。マジで「イタリア語を勉強しよう」と初めて思ったのはこのときである。

しかし憎めないおじさんだったなあ。ルイージ。
あの頃60歳~70歳くらいだったから、今はもういないかもしれない。




fonta81.jpg


このアパートに来てみて、感動したというか呆れたというか。
当時からすっごく古臭いドアだったのだが、20数年経った今も変わっていないじゃないか!!

木枠のガラスドアなんてオールドファッション~♪。。。なんて、ここに住んでいなければ撮影対象になるだろうが、住民にとっては大変なのね。
なんせ古い、隙間だらけのドアなので、厳寒のシカゴはマイナス数十℃の風がピューピュー建物内に入り込んで来る。日本にまだ残っている古い長屋もビックリな通気性(長屋に住んだことないが)。
私は階段上がってすぐの1階に住んでいたので、この冷気は部屋の温まり具合にも響くのであった。

それから、この表ドアの鍵をルイージはくれない。というか、多分鍵が壊れている(爆)。
だから、ドアはいつも開きっぱなし。誰でも入れる。
とある冬の日、ホームレスのおじさんがドアの中で寝ていて、またいでドアを開けたことが何度かあったよ。
今思うと、楽しいアパートだった(笑)。



fonta91.jpg



半年くらい住んだんだっけな。。。忘れてしまったけど、住んだ所って見ると思い出すことがあるね。
例えばこのドアノブ!
ドアが変わっていないのだから当たり前だが、この年代物のドアノブ、毎日開け閉めしたドアノブ!
鍵穴見てください(笑)
ここ、ヨーロッパじゃないんだから。こんな鍵、今作ってくれないと思います。。。。



fonta101.jpg


郵便ポストも変わっていない。
しょっちゅう住居人が変わるので、表札はとりあえず紙でペタ。私もそうしてたなあ。
相変わらず大勢の学生が住んでいるようだ。

ドアすら変えていないところを見ると、当然部屋も改装なんてしていないんじゃないか?
いやー、さすがにバスルームとかキッチンは直したかな。ちょっと心配になってくる。
しかし留学生相手の賃貸って、堅い商売だと思うのだ。
この不景気、安定した経済力を持っているのは海外からの学生だったりする。学生時代に贅沢はしなくとも、学費を払える経済力があるから留学しているわけで、彼らが家賃の滞納をするというのは稀である。
滞納して問題起こしたりすると、永住権を持っていない留学生はやっかいなことにもなるので、学費&家賃はきっちり払うのだ。
ルイージファミリー。。。美味しい商売じゃん(笑)。
今は息子さんが家主やってるのかなあ。


(続く)



新しいブログ「New York ノスタルジア」もどうぞよろしく。



『黒人コミュニティ、「被差別と憎悪と依存」の現在』高山マミ著
亜紀書房より5月に発売されました。
Amazon
ビーケーワン
丸善&ジュンク堂
楽天ブックス
セブンネットショッピング


『ブラック・カルチャー観察日記』高山マミ著 
全国の書店で好評発売中!!
Amazon

インド食材とランチ

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 31.2012 エスニックタウン
ind11a.jpg



もういよいよ8月も終わり。
今年の夏は例年より暑かったせいかどうか分からないが、後半はよくインド料理を食べた。
スパイスの効いた料理というのは食べ始めるとクセになり、飽きるまで食べ続けることがよくある。
今夜も作り置きしておいたチャナマサラが夕食だ。




ind21a.jpg



インド食材はインド人街で手に入れるに限る。
なんでも手に入るし、しかも安い。
豆とスパイスのコーナーだけでずらり。しかもどれも大袋。

私のようにたま~にインド料理を作る者にとっては、この量のスパイスなどを買うと、賞味期限が過ぎるまでに使い切れない。キッチンの棚を整理すると、必ず古い香辛料とかが出て来るのがオチだ。

食がアメリカナイズされたインド人でない限り、インド人というのは大抵毎日インド料理を食べる。
当たり前だけど、インド人にとってはこの量のスパイスや豆は、あっという間に使い切るのだろう。




ind3a1.jpg



留学していた頃、インド人の留学生はインド人同士でルームメイトになっているのが多かった。
私の友人のインド人男性も、他5人のインド人で一つのアパートをシェアしていた。
出身はバラバラ。インド人といえども、ザンビア、セネガルなどアフリカ出身、フィジー出身、インド出身と色々だ。
年齢も18歳の若い子から50歳すぎたPh.D取得のためのおっさんまで幅が広い。
宗教も専攻も違うのに、彼らがインド人同士で暮らすのを好むのは、一つは食文化が背景にある。
ルームシェアというのはキッチンを共同で使う。スパイスの効いたインド料理というのは、作ると部屋に匂いが充満し、インド人以外だと嫌がる人も多い。
ところがインド人同士だとそれは全く逆になる。大量に作って皆と一緒に食べられるし、鍋に作り置きしておいても匂いが邪魔になることはない。
キッチンや冷蔵庫をシェアするルームメイトというのは、結構食文化の違いが合わないと苦労することも多いのだ。



ind4a1.jpg



インド人街のランチタイムはかなりお得。
どの店も大抵バッフェスタイルのランチで、野菜から肉料理までよりどりみどり。




ind51a.jpg



バッフェなので自分の好きな物しかとらないが、カレーの種類はかなり多い。
今夜もこんなカレーの夕食だったが(笑)

ごちそうさまでした。



ind61a.jpg



新しいブログ「New York ノスタルジア」もどうぞよろしく。



『黒人コミュニティ、「被差別と憎悪と依存」の現在』高山マミ著
亜紀書房より5月9日発売!
Amazon
ビーケーワン
丸善&ジュンク堂
楽天ブックス
セブンネットショッピング




『ブラック・カルチャー観察日記』高山マミ著 
全国の書店で好評発売中!!

オンライン書店(以下は一部) 
Amazon
丸善&ジュンク堂
楽天ブックス
セブンネットショッピング
ビーケーワン
紀伊国屋書店BookWeb

 HOME