Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 30.2011 「ブラック・カルチャー観察日記」出版・執筆日記
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先週は通訳仕事がビッチリ入ったので、執筆の方は一行も進んでいなかった。それどころのスケジュールじゃなかったし。

終わった翌日から早速執筆に戻ろうと思っていたのだが、とても天気がよかったので郊外まで遠出して大きな公園をたっぷり散歩した。
自然には癒されるのである。若葉の匂いや花の匂いを沢山嗅いで、自然のパワーをもらってきた。

そして普通の人が休憩をとるこの土日(皆が働いている時に遊んでいるので)、久しぶりの集中執筆である目標までは進んだ。よかったよかった。
ちょっとホッと一息つけるところである。。。。と、まだまだ先は長いのであるが、一区切り一区切りが大切だ。

一区切りつけると、先にようやく進める。

最近、「筆」という日本語はつくづくいいなあ。。。と感じる。
筆が進む、筆が立つ、筆を断つ、筆が滑る。。。。

筆なんかで書を書いた事が無い時代でも、こういう言葉をまだ使う。
PCのキーボードを叩きながら、「筆が進む」と言うわけだから面白い。
「キーボード打ちが進む」じゃ風情が無い。

母方のおじいちゃんは、本当に筆を使って普段から書を書いていた。
くれる年賀状も手紙も、全て達筆な筆書きだった。
その筆さばきというのか、筆を真っすぐに紙に降ろす形とか、柔らかに動く筆の先とか、書いているおじいちゃんの背中とか、「筆」というとそれを思い出す。

絵が上手いのはおじいちゃん譲りだと皆に言われたが、書が上手い人はおじいちゃんの他に家族の中では知らない。

私は筆ではないが、キーボードをせっせと叩いている。
しかし、鉛筆でも沢山レポートや文章を書いた世代でもある。
原稿用紙の鉛筆で、右手の淵が真っ黒になった記憶とか。。。懐かしいね。
右手中指のペンだことか、いつ頃できたんだっけなあ。そんなに勉強した記憶は無いのに、文章だけはよく書いていたかもしれない。

その堅かったベンだこも、だんだん平になっていく。だけど左の指には無い膨らみが、今でもちゃんとある。
原稿は完全にキーボード時代になっちゃったけど、こういう体が覚えた記憶、無くしたくないなあ。。。って思う。
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