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Tokio散歩 入谷・下谷

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 19.2011 東京散策
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入谷カラー

入谷といえば、れっきとした下町である。
「れっきとした」というのは、「下町」という言葉には最近二通りの意味、使われ方があってややこしい。
一応日本橋生まれの江戸っ子の私から言わせてもらうと、下町というのは日本橋、神田を初め、上野、入谷、浅草、向島、深川界隈の立派な「町」である。
江戸の地図を見てもらえば、江戸(注・今の東京ではない)を真ん中あたりから南北に切って、江戸城の東側の地域。
「本郷も かねやすまでは 江戸のうち」なんて言葉もあるように、本郷さえも半分は江戸でなかった時代の話の下町の定義である。
この本来の意味の下町の定義が江戸っ子の中にはあるので、「下町出身です」という意味は、「神田っ子」「日本橋っ子」「浅草っ子」のように、堂々とした江戸っ子の意味合いなのである。



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ところが日本語は変化する。下町という意味には色々な意味も出て来る。
「下町風」「下町風情」などという言葉も出て来て、どこか庶民的な匂いのする場所を「下町」と呼ばれるようにまでなった。
「パリの下町」「ロンドンの下町」なんて言葉もあるわけで、それは江戸の「とある地域」をさす下町とは全然意味の違うものだ。

本来の「江戸の下町」とは、昔から活気があって栄えていた場所である。従って、都会。
浅草しかり、日本橋しかり。昔から人の多い、文化の発祥地や商業地域でもある。
現在まで同じように発展して来ており、賑やかなビルの建つ日本橋や神田が「下町」というと、江戸っ子以外の人たちは「ええ?」と思うかもしれないが、それが本来の下町なのである。

月島や佃島、寅さんで有名な葛飾、あるいは亀有などが「下町」と言われている現在であるが、どれも「江戸」ですらでない。
従ってそこを下町と呼ぶ江戸っ子は居ない。「下町風」「下町風情がある」というのなら意味が違うので分かるが。
古い月島出身の人たちだって、自分たちを江戸っ子とは呼んだりしない。勝手に他所の人たちから、「下町の人」「下町のおばちゃん」などと呼ばれているだけ。
彼らの中には、「江戸は向こう側」(川を挟んで向こう)というのがよく分かっているから。



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「江戸っ子です」というと、同じ江戸っ子の人からは「神田ですか? 日本橋ですか?。。。」と返って来る。
同じ日本橋だと、細かい町名(時には住所改正前の旧町名)で話す。
「中央区」「台東区」などというものが存在せず、「日本橋区」や「下谷区」なんて呼ばれていた時代の話である(代々の出身者にはその当時の方がピンと来るわけだ)。

ところが「下町出身です」というと、「下町」を理解してくれるのは江戸っ子だけで、それ以外の人たちには通じない。
「寅さんの育ったような町ですか?」と来る。だから葛飾は江戸じゃないっつーに!
全国で大ヒットをとばした「下町人情映画」寅さんの、下町イメージ影響力は恐ろしい。
東京以外の人には「下町です」と言って、代表的な下町(江戸っ子にとっては)の神田と日本橋を連想してくれる人は居ないのだ、残念ながら。

それからというものの、日本語の下町という言葉を使う時に気をつけるようになった。
日本人と話していても通じないから。



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さて、入谷、下谷という町は、江戸の地域的な意味においても立派な下町であり、近年取り入れられた「下町風情の」という意味の「下町」という意味においても立派に下町なところである。

こういう町は、日本人と話していても誤解がおきない(苦笑)
どっちの意味でも本当に「ザ・下町!」なのだ。

どうやら、私の出身地日本橋は、大方の日本人の感覚の中では下町に入ってないらしいから(悲)
入谷に嫉妬します(笑)

入谷はまだまだ長屋なんかも残っていて、江戸情緒があるのよね。



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古い民家を修復した下町カフェというのが増えて来たが、とてもいいこと。ここも土間があるような、素敵なカフェ。
ひと昔、ふた昔前だったら、こういう古民家は簡単に取り壊されて、何の味も無いビルが建てられたりしていたし。
古い物を大切にする感覚が今の若い人たちに出て来て、とても嬉しい。



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色んな物が窓にぶら下がっている。
こういうのを、「下町風」というのだ(笑)
イタリアのナポリも下町。洗濯物が沢山ぶら下がっているから。
そうそう、その「イメージ」が先攻してしまったのよね、きっと。。。。下町の新しい定義には。



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銭湯はやっぱりこういう建物じゃないとね。
昔はもっといっぱいあったのになあ。 どんどん姿を消す日本瓦の銭湯。
お風呂が家にあったとしても、たまに銭湯に入りに行く。。。というのが昔の人の習慣だった。

父方の祖父母は日本橋の人だが、母方の祖父母は駒込界隈に住んでいた。
下町の新しい定義でいくと、日本橋のおじいちゃんの家よりも(こっちはすごい都会だし)、駒込のおじいちゃんちの方がずっと下町風情があった。
私が遊びに行くと、母方のおじいちゃんは決まって私を銭湯に連れて行ってくれた。
「大きなお風呂に行きたい!」と私がせがむからだ。
だからおじいちゃんちのお風呂は全く覚えていないのだが、近所の銭湯はよく覚えている。
その銭湯も、もうきっと無いと思うけど。


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