Tokio散歩 押上界隈

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 21.2011 東京散策
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スカイツリー

押上。
ここら辺はスカイツリーのおかげで本当に変わってしまったもんだ。
なんせ、休日に歩いても観光客なんて歩いていなかった地域なのだ。
それが今は、カメラを持った人たちがわんさか歩いている。車で来る人も多い。おかげで交通渋滞が起こるらしい。



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確かに町は変わった。
高層の建物なんて無かった地域に、どんどんマンションが建ち始めている。
そして、民家の合間からどこでもスカイツリーが顔を出す。光景はすっかり変わった。

私は別にスカイツリーを撮りに来たわけじゃないのだけれど、カメラを持って散策しているとご親切にも地元の人が「スカイツリーはあっちだよ」と教えてくれるわけだ(苦笑)

自転車に乗ったおじさんは、自分でも撮ったというスカイツリーの写真を見せてくれた。
安いプラスチックのフレームに入った大きな写真。
観光客相手に商売しようとしているのか?  
スカイツリーのおかげで、浮き立っている人も地元には少なくないようだ。


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私がこの界隈を好きだったのは、本当に昔から不便な所だったから。
なんせ駅が無い。地下鉄も通っていない。
完全に東京の発展から取り残された地域だったのである。陸の孤島。
誰も来ないのである。誰も知らない。そんな場所であった。

それが何と、半蔵門線が押上まで伸びちゃいましたからね。いきなり便利な場所になっちゃった。
地下鉄というのは、本当に本当に東京の街をガラリと変える。急激に変える。


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ここら辺にはまだ長屋もある。
長い間よそ者が訪ねて来なかったからこそ出来上がる、閉ざされた空気感が漂っている。
だけどその「閉ざされた感」は、今後あっという間にオープンになっていくのだろう。

だって、よく細い路地を歩いていると「アンタ、ここの人じゃないね? 何しに来たの?」とぶっきらぼうに聞いて来るおばさんが前は居たのに、聞いてもいないのに親切にもスカイツリーの場所を教えてくれる人が増えちゃってるのだもの。

そう。入谷界隈は親切な下町の人が多いのだけれど、ここら辺はぶっきらぼうさが目立つ住民が多かった。それは地域性なのだと思う。よそ者は受け入れない、受け入れたくない的な閉塞感。
戦災の被害も無く生き残った界隈は、外部から人が侵入する機会も無いまま、時を過ごしたのである。


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一体今回は、何人の人に声をかけられたことだろう。 こんな事、前は無かった無かった。
一部の人を除いては、スカイツリーは住民に受け入れられているのだと思う。

一方、スカイツリーのおかげで土地は値上がり、家賃も値上がり、出て行かないといけない住民も出て来る。
平屋住宅はあっという間にアパートやマンションに立て替える人も居るだろうし、区画ごとに姿を変えて行くであろう。


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ところで、色んな町を歩いていて気になる、この日本的貼り紙。
圧倒的に「浮気調査」が多い。
中国の雲南省を歩いている時は、「淋病」「性病治療」みたいな貼り紙がやたらと多くてビックリしたが、東京は「ザ・浮気!」なのである。

アメリカでも浮気調査はある。配偶者を疑った人は探偵を雇って調査する。
全て、離婚裁判で有利に持って行くためだ。相手のしっぽをしっかりと掴んでおくのだ。
裁判もお金がかかるが、探偵を雇うのもお金がかかる。従って、離婚調査をわざわざプロに頼む人は、ある程度社会的地位がある人とか、経済的余裕のある人が多い。

だけど日本の場合、この貼り紙は逆に庶民的な界隈にばっかり貼られているのである。
「家出」だとか「所在」だとか、なんだか文字を見ているだけで悲しくなるポスター。


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私がこの界隈を好きだったのは、一種の物淋しさがあるからだと思う。
何とも言えない寂しさなのだ。単なるレトロ感とは全く違う。
心は決して晴れないのだが、何か心に妙に残る所。

それはきっと、「いつか消えてなくなる寂しさ」を感じていたからかもしれない。
その不安定な存在が、私の心にずーっと残っていた。

そしてスカイツリーで、変わる運命は本当に現実になった。


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町は変わる、変化し続ける。
住民でもなく、そこに何の縁も無い者は、変わりゆく姿を傍観するのみ。

そして勝手に、また数年後に訪れた時に、「ああ、本当に変わっちゃったなあ」と嘆くのである。
勝手なつぶやき。



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