カフェの条件

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 10.2010 カフェタイム
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私にとってカフェは、大事な場所で大事な時間。
読書にふける時もある。
ラップトップを持って仕事する時もある。
従って、カフェには一人で行く事がほとんど。
物書きや、アイデアをまとめたりするには、カフェははかどる。
家では色々と誘惑が多く、なかなか先に進まないのだ。。。(苦笑)

エスプレッソもカプチーノも、コーヒーが美味しいのは当然として、こだわりの条件がある。

まず、フランチャイズ店でないこと。
例の、街を歩けばどこにでもあるstarb**ksはゴメンである。
90年代初め、サンフランシスコの丘の上に、ポツンとこのカフェがあって入った時は、「いい雰囲気の店だなあ。。。。」なんて思っていたのだけれど、あまりに世界中に広がりすぎてありがたみも何も無くなった。
フランチャイズ化が進むと、店の個性はどんどん無くなる。
あのロゴも、マクドナルドやダンキンドーナツと同じように見えて来る。
「コーヒーのマクドナルド」である。

どこに行っても同じメニュー。
同じような家具に同じような店作り。
この、「どこに行っても同じ」とういのが正に、アメリカの田舎者は好きなのである。安心するのである。
だが、個人経営の店をこよなく愛する私には、ゴメンである。

アメリカのstarb**ksは紙コップやプラスチックカップで出て来る。
店内で飲むときも、である。
誰が紙コップのカプチーノにありがたみを感じるのか?
カプチーノというのは、温まった陶器のハンドルを手に持ち、口をつけ、そこから飲み物にたどり着くまでの時間が楽しいのだ(他の飲み物も、だけど)
そして、カップをソーサーに置いたときの音。
これが、コーヒーを愛する者の、至福の音なのだ。

誰が紙コップにエスプレッソを入れる?
世の中には、エスプレッソを入れるカップという物があるだろう。
量に比べてどんとでかい、味気ない紙コップの底の方にたまった、悲しい液体。
starb**ksは、私を悲しくさせる。
コーヒーの味の前に、コーヒーを提供する姿勢がなっていない。
あれで「カフェ」は無いだろう。
本場のカフェが嘆くよ。
あれは「コーヒーショップ」でいいと思う。

フランチャイズ以外の店、ということは、当然個人経営の店。
オーナーがこだわるセンスというのは、店に全てが出る。
メニュー、インテリア、家具の一つ一つ。
そして、カップの一つ一つ。
彼らのセンスが出る、セラミックのカップも置かないような店には、私は行かない。

豪華でなくていい。
清潔であり、スタッフが感じよく、ちゃんと美味しいコーヒーを飲ませてくれるのなら。

そして、ラップトップ持ち歩く人間としては、free wi-fi(日本語では無線LANと言うのかな?)であるのも大切な条件。
アメリカは携帯電話文化では無いので、皆ラップトップを持ち歩くのだ。

私はシカゴ中の個人経営カフェをほとんど渡り歩いている。
時には、インテリアはすごく洒落ているのに、「カフェラッテがぬるかった」などと、ガッカリする店もある。
逆に、紅茶の葉っぱの種類がものすごく充実していて、驚喜する時もある。
どちらにしても、それは楽しみなのだ。
「何があるか分からない」。。。。個人経営ならではの、驚きと楽しみなのだ。

そして私は、そういう個性のある店に来て、一人でじーっと本を読んでいたり、ラップトップに向き合っていたり、アナログにノートに何やら文章を書きまくっている人々を愛する。
この「アナログ派」が居るのも、個人経営の店の特徴である。

シカゴのカフェのほとんどは知っているが、次々に新しい店も出来るので、アンテナを光らせておく。
このご時世、毎年何軒も、お気に入りのカフェが閉店になってしまうのも事実。
フランチャイズ店はそういう時に強いのだけど。

写真のカフェは、初めて行ったカフェ。
エチオピア人ファミリーの経営なので、コーヒーメニューにもエチオピアのコーヒーがあって、個性的。
軽食もエチオピア料理がある。
このように、オーナーの特色がメニューに出る店。
こういう所が好き。
ギリシャ人経営のカフェは、ギリシャのスイーツやコーヒーが並ぶもの。

エアコン無しで、前と後ろのドアを明けっ放しなので、風がよく通る。
自然の風が入る店。気持ちいい。

エチオピアの豆のエスプレッソは、酸味があって美味しかった。
しかも、カップ&ソーサーの、ソーサーの凹み部分が、真ん中ではなくて端に寄っているのだ。
面白いっ!!
こういう、店主のカップ一つへのこだわり。
こういうのと出会えた時、「このカフェ愛せるわ~」と思えるのである。
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