車も朽ちる~小人レスリング

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 28.2012 シカゴからの小旅行
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ケアロの街を運転していると、廃墟だけでなくあちこちに置き去りにされた車も目に入る。



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これには思わず、運転する手を止めた!
今はなき、Oldsmobile(オールズモビル)のクラシックカー!
モデルからいくと、50年代の車であろう。

錆びて朽ちてもなお美しい。
アメリカが一番いい車を作っていた黄金時代の黄金の産物。
すごい鉄板の厚さ。頑丈さ。
この車だから、放置されて何年も野ざらしになっても、まだこの形を保っているのだろう。
あまりに美しくて、車の周りを何度も回ってしまった。



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教会のバスも野ざらし。
蔦が生えまくっている。自然は強い。



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廃墟の隣にも放置された車。


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リンカーンコンチネンタル。

小学生の頃、近所の同級生のお父さんがリンカーンコンチネンタルに乗っていた。彼女のうちは、他にもアメ車を数台所有していた。
高級ドイツ車よりも、車好きの男性にはアメリカ車がまだ人気だった70年代のお話。
確かに、あの時代のアメ車というのはステータスシンボルになり得たのだ。今じゃ考えられないけど。
日本で見るとより、この車はでかい。縦の長さが6m近くあったんじゃないだろうか。
彼女のお父さんがときどき遊びに連れて行ってくれたけれど、後部座席に子供が5~6人余裕で乗れたもんなあ(笑)
今じゃアメ車もすっかりコンパクトになって、日本車と全く見分けがつかない。



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列車も放置。


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表通りの廃墟となった家に、最近かけられたと見られる新しい幕。
SAVING "SHOTGUNS" - AIMING FOR A BETTER FUTURE

ちょっとちょっと。。。。(汗)
よりよい未来のためにショットガンって。。。
これはNRAの宣伝か?

同じイリノイ州とはいえ、さすがにシカゴでは見られない広告。
「アメリカの田舎に来たんだなあ」と感じずにいられない。

確かに現在のケアロは落胆の街。
貧困に廃墟に窃盗にホームレス。
まだそこで生活し続ける人たちにとっては、安心とは言えないであろう。
だけれど、安心を買うためにショットガンっていう発想が(悲)。

しかも、コンタクト先が「図書館」に勤める人なのよねー。
この近くに歴史ある荘厳な建築の図書館がある。「知」や「文字」の場で働く人がショットガンを推進するってのも矛盾に思えるのだけれど、この国ではそれは矛盾ではないのである。。。



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少なからず、ダウンタウンの復興を目指して、ビジネスを開始させる所もちらほら。
どう見ても廃墟なのだが(2階部分は完全に)、1階のバーだった所に「新しい」サインがあった。

ビジネス再開ってのはいいことだ!。。。と思って近寄ってみると。。。。 ここにもシカゴでは見られないものを見た。


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CRAWFISH BOIL。。。。 茹でたザリガニ。
ニューオーリンズなどの南部に行くと、バケツいっぱいの茹でたザリガニがバーで出て来る。
ザリガニは、南部のイメージ。シカゴでもたまにバーで出す所はあるが、メジャーではない。
ケアロは中西部であるが、やっぱりミシシッピ川の街なのだ。
ザリガニは泥臭い。肥沃な泥の川で沢山採れる。
ああ、ミシシッピ!!

ザリガニの下に、
MIDGET WRESTLING。。。。。「小人レスリング」とある。

小人レスリングって、昔はアメリカではどこでも大人気だったらしいけれど、人権問題だとかなんだとかですっかり都会からは姿を消してしまった。シカゴではまず見れない。

小人レスリングに関しては、人権団体が一方的に非難していたけれど、エレファントマンのような見せ物行為と違って、やっている本人(小人)たちが楽しんでやっていたケースが多い。
身体的特徴で一般職がままらない彼らにとって、レスリングは「体や個性を生かした」一つの働き場でもあったし、彼らにエンターテイナーとしてのプライドもあったという。
昔から、小人症の人たちによるサーカスやミュージシャングループは多い。自ら自分に合う職を選び稼ぐことは、どんな身体的特徴の人にも許されるべきであり、そしてその仕事に対しても甲乙をつけられるものでもない。
人権団体がとやかく言い始めると、主催する側のクラブやバーは自粛せざるを得なくなる。そして小人たちがやりたくとも、彼らの職がなくなっていく。
小人レスリングを「可哀想」「気の毒」と、上から目線で見ていたのは人権団体の方じゃないのか?
職に関して自分の意志も反映出来ない立場の子供や知的障害者を擁護するのとは話が違う。
自分で交渉、判断する、一般人と同じ能力を持ち合わせている小人症の人たちを、勝手に人権だとかで擁護しようとする方が奢った考えなのではないだろうか。

とある身体的特徴のグループを集め、それを楽しむことが罪なのならば、女子プロレスも、「可愛い」子だけを集めた少女歌手グループの存在だっておかしくなる。小人レスリングは人道的じゃなくて、女子の泥プロレスとかを見る行為は真っ当なのか。
また、男子◯◯とか女子◯◯と、スポーツを性別で分けるのだっておかしくなる。
重量級などと体重差(身体的な差)で分け隔てるのだって、公平どころか「人権」に関わって来るのではないか?
それらが「可哀想」ではなくて、人権にもひっかからないのだとしたら、それこそ小人を擁護することが差別じゃないのか?

「なんら間違ったことをしているわけではない」と思えない限り、主催する側は自信がないので自粛ムードになる。批判や文句が怖くて右に倣えになるのはどこでも同じ。

そんな中、堂々と「MIDGET WRESTLING」と掲げているバーは、なんら差別意識も問題意識も持っていないからこそ出来るのだろう、とさえ思う。
「人権」を掲げて「守ってあげたつもり」になるよりも、レスリングを熱狂で沸かせたエンターテイナー(小人レスラー)たちと熱狂した観客側が、試合後に仲良く乾杯してビールを飲んでいる関係の方が、健康的ともいえるのだ。



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