人を疑うよりは、信じて騙された方がいいのか??

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 06.2012 思うこと/考えること
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「人を疑うぐらいなら、人を信じて騙された方がいい」
こう言える人は、よほどいい人ばかりの世の中で生きてきたか、実際に騙されたことがないか。

多くの死傷者を出した地下鉄サリン事件及びその他の事件の大元であるオウム心理教。
あの頃オウムだけでなく、多くの新興宗教が世間にはびこり、特に東京という大都会にはあちこちに溢れていた。
大学の入学式から勧誘され、サークル活動のような宗教団体に入り、「優しくしてくれる先輩」たちに心を預け、いつの間にか洗脳され、気づくと抜け出せなくなっていく「純粋」な若者たちがどれだけ多く存在したことか。

地元の学生よりも、地方からの学生が集まる大学というのは、徹底的に目をつけられた。
右も左も分からぬ、東京初体験に心を躍らせる学生たち。
彼らの優秀な頭脳と、都会に染まりきらないうぶな心は瞬く間に狙われた。彼らが他に「生き甲斐」を探してしまう前に。

地方出身の学生だけではない。東京で生まれ育っても、「うぶ」な学生は沢山いる。
そういう人は大方真面目で、小さい頃から疑うことなく両親のことをよく聞き、先生のことをよく聞き、お勉強一筋で頑張って来た人が多い。
何かに夢中になると他の事は見えなくなり、ものすごい集中力で突き進むタイプ。
それは進学戦争の中では、試験やお勉強にとても生かされていた。
集中力こそ、他の事に気をそらさぬ力こそ、彼らのそれまでの「成功」を作って来たのだ。

あらゆる新興宗教があちこちに顔を出していた時代。
例えばそれはどういう時代だったかというと、渋谷の宮益坂から渋谷駅の半蔵門線の駅まで辿りつく間に、一体どれだけの「勧誘」に声かけられるか、ということでも物語れる。
英会話やエステの勧誘を抜かして、ハッキリと分かる宗教がらみだけで、実に多くの団体内の若者たちが、街行く若者の勧誘に精を出していた。
そんな勧誘に立ち止まらず無視し続けて歩いて行く。駅の改札に入り、プラットフォームで電車を待っていると、「手相を見せてもらえませんか」と来る。
あるいは「アナタの幸福を祈らせてください」と、勝手に祈られる。
皆、私と同年齢くらいか、私よりも若い世代の人たちだ。本来ならば、大学のテニスサークルで汗をかいている世代。恋人と映画でも楽しんでいる世代。
そんな若者たちが、どこか目をうつろにさせながら、魂を抜き取られたような表情で他人を勧誘し続けるのだ。

悲しいかな。
そんな勧誘者の中に、小学校時代に同級生だった男の子の妹さんの姿を見たことがある。
男の子のうちに遊びに行くと、手作りのジュースを人数分出してくれるような、可愛い、優しい妹さんだった。
もう彼女は、あの実家には帰っていないのかな?と思った。

バイトで一緒だった同僚の女性も、宗教にはまって会社に来なくなった。
中央大法学部出身の、優秀で真面目な女性だった。
「◯◯という本が面白かった」という話をすると、翌日には全て読んで感想を熱く語るような人だった。
なにごともに真っすぐ。人の意見や進めたものは全面的に受け入れる。
どんな仕事をしても、きっと何でもこなすタイプなのであろうが、「この人には”あそび”の部分がないな」と思った事がある。
ある日突然、超真面目な彼女がなんの連絡もなしに休んだ。それが3日続き、ご両親ではないが「彼女の親代わり」と語る人物(夫婦)が現れ、「彼女のことはうちが面倒見ますので」と言って来た。
それからときどき彼らは現れ、彼女の近況を話していった。

数を上げれば、私の周りでも一つや二つではない。
知っている人たちが、闇の新興宗教に消えて行く。
当時の東京では、知人が新興宗教に走り戻ってこなくなった例は珍しくないだろう。
家出。失踪。戻って来ても連れ戻される。戻って来ると、幻覚を見る(薬物洗脳されているから)。
怖くなってまた戻る。
そのくり返しだ。

自分が騙されて入信しただけならまだしも、その団体の悪行に知らず知らずに手を貸していることがほとんどだ。
詐欺。恐喝。誘拐。そして、殺人までも。

それでも、「人を疑うよりは、信じて騙された方がいい」と言えるのだろうか。
同僚の女性の「両親代わり」と言っていた人物は、その後同じ社内の社員たちにも声をかけて(勧誘して)いたことが判明した。皆、それには「丁寧に」お断りしていたらしいが。
ところで、私は何度も彼らと対面しているのに、彼らから「お声」がかかったことがない。
そうなのだ。私は彼らを最初から「胡散臭い」と思って見ていた。イヤな匂いのする人たちだなあ、と。
態度には出していないつもりだったが、彼らは分かるのである。自分たちを疑う人物か、信じてくれる人物かの違いを。
彼らは、自分が苦手とする人には声をかけない(笑)。←笑いごとではなくて、そこが彼らの人を見る目のすごさというか、ちゃんと「騙せる」人を嗅ぎ付けるすごさ(恐ろしさ)なのだ。

「闇」に消えたその女性は、山村の「コミューン」で暮らし、あるときの社員旅行にひょっこりと顔を出した。
社員旅行先がその「山村」に近かったので、「いらっしゃいよ」と人のいい経営者が声をかけたのだ。
顔を出した「元優等生」は、もうこの世の人ではなかった。
薬のせいかのか、彼女の心の問題なのかは分からない。
いずれにせよ、彼女の「仲間たち」と一緒に暮らすことが幸せだと感じている以上、もう二度と下界には戻ってこないと思った。
彼女のような人には、そのような新興宗教が必要なのだ。本来ならば他の何かで埋めなければいけなかった物が、彼女が生まれ育った時代に、彼女の環境に、欠落していたのだ。
そこにポッコリ、欠落した穴を埋めるピッタリのものが現れた。

周りが「彼女は不幸」と思っているほど、本人は感じていない。本人が幸せなら、それでいいのかもしれないが。
ただ、そういう人は利用されるタイプなので、知らぬうちに組織の悪行に手を貸している。。。という結果になる恐れがある。
何かが起こった時は、「知りませんでした」では済まないのだ。
「知りませんでした」という言い訳をしなくて済むようになるには、ときには人を疑うこと、信じる強さではなくて信じない強さも必要だ。

人を疑わずに、人を信じて「向こう」に行ってしまった人たちを思うと、「騙されたときはもう遅い」としか思えないのである。




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