Chicago Blues Fest. Day 2

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 18.2012 人々
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シカゴブルースフェスティバル2012、第2日目。

この日、気温は前日よりさらに上がる。
でも、木陰は涼しいのね~。
ステージからステージへの移動は、木陰をなるべく通る。日がガンガンに当たっている場所は避けたい。

ステージは見えなくても、音楽が心地よく流れて来る空間。
こういう場所に人々は座り、クーラーボックスに詰め込んだビールや食べ物を食べながら、家族や友人と1日ゆっくり過ごす。
もちろん、ステージの前にかぶりついて聴き入る熱心なブルースファンたちも多いのですが。




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昨日は人のステージを偵察(?)していたBob Stroger.
今日はあちこちのステージで演奏!




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ブルースハーププレイヤーのBilly Branch.

彼の演奏はエネルギッシュで好きだ。
ブルースミュージシャンって、演奏者でも歌が上手い人が多いのだけれど、彼もそう。
歌は基本、ってことでしょうか。



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ビリー・ブランチの、ブルースハープバッグ(正式になんと言うのか知らないが)。

黒の革製。使い込んでいて渋いっ!
ここまでの大御所だから(中身が伴っているから)、こういう道具が様になるわけだ。

いい道具が人の技術を磨いてくれるわけじゃありませんからね。
すごく中身のある人(技術のある人)が、大していい物を使っていない場合(これは車とか装飾品にも置き換えられる)は、「へえ~、こんな道具しかないけれど、ここまでの物を作り出せるんだ、さすが才能だな」と逆に尊敬されたりするし、かえってそれが本物の才能の証明になったりもする。
だが逆の場合は痛い。大したことのない人が、ものすごくいい道具を持っている場合。
道具に頼ろうとする姿勢も見えてしまうし、そこまでいい道具がありながらこれしか作り出せないのか、という才覚のなさの証明にもなってしまう。

道具と人間の関係は深い。
たかが道具選びであるが、それは自分が自分を(無意識に)どう見ているか、ということを明確に表すのだ。
それは口には出さないが(道具では誇示しないが)確かなる自信であったり、逆に道具にこだわるが故の自分への自信のなさの表れだったりもする。

装飾品のことばかりを口に出す人間というのは、どこか弱いところがあるように、道具選びでも同じことが言えるのだ。
装飾品の豪華さで自分をアピールしようとするのは空しさの象徴だと思うが、道具も自分のお飾りにならないように気をつけないといけない。
身の丈に合った道具選びというのは、とても難しい。
それは、理想だとか憧れだとかを取っ払って自分自身の姿を見つめるのが易しいことではないからだと思う。
しかし、道具一つで醜い人間像になってしまうと思うから、常に気をつけていたいことだ。
箕ばかり立派で中身カラカラ。。。。なんてことにはならないようにしないとね(笑。立派な箕も持てないのでその心配はないが)

ビリーのハーモニカバッグで、そんなことを考えた一瞬。



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Sam Lay.

77歳という高齢なのでほとんど座ったままの演奏であるが、途中少しだけ立ち上がりましたよ。
でもちょっと大変そうだった。
去年より少し体重落としたかな。いくらお年だと言っても、太り過ぎはよくない。
サムさん、かなり太っていたから。。。。

しかし。。。首からぶら下げた銃のキンキラリン。。。。。趣味が悪過ぎて何も言えません(苦笑)。




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ブルースはどうしてもおっさんミュージシャンが多くなるので、絵的にもおっさん臭が漂うと思うので、女性ギタリストの写真を一枚挟んでおこう(笑)。

ジャズだと女性演奏者がかなり多いのだけれど、ブルースとなるとさすがに少ない。
おっさんの汗の中を(ミュージシャンもだけど、フォトグラファーたちも)駆け回っていると、ときにこういう女性ミュージシャンを見るとちょっとだけ花の香が漂って来た気分になる(笑)。



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Terry "Big T" Williams(左)。
バンドメンバーと一緒にステージから降りての大サービス。
こちらもノリノリになれました♪




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ブルース三昧の週末。踊りたくもなりますよね。



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去年、シンガーでありハーモニカプレイヤーでありドラマーであるマルチプレーヤーのWillie "Big Eyes" Smithが亡くなった。
亡くなる3ヶ月前に、シカゴのブルースフェスティバルで演奏していたのだけれど。

彼の息子、Kenny Smith(赤いシャツ)。
彼はドラマーとして活躍しているが、この日は父親のトリビュートのために、前面に出て来て歌いましたよ。
「あまり歌は歌わないんだけどなー」と言いつつ、一応歌えます。



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マディ・ウォーターズのバンドメンバーでもあったBob Margolin
聞かせてくれます。
上手い演奏には、しばし写真も撮り忘れて見入ります(笑)。



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去年に引き続きまたご登場のMud Morganfield。
マディ・ウォーターズの息子。
「マディ・ウォーターズの息子」というだけで、この世界でなんとか食っていけるくらいの仕事は入るのだと思う。 
Mudさんが下手だと言っているわけではないのだが、お父さんの力がありすぎるよなあ。。。と感じる次第。

彼、顔と声と手が非常に大きい(笑)。



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Floyd Taylor。

ミュージシャン撮影ではよくあることなのだが、「ええっ!? イメージと全然違うっ!!」
そうなのだ。CDジャケ写真は加工していたり細くしていたり(笑)、髪の毛増やしていたり(?)で、とにかく「ザ・ベスト!!」ってくらいにフェイクに仕上げる場合も多い。
これはブルースに限ったことではない。
昔の若い頃の写真を使っている人も多いし。

フライヤーに載っていたフロイド・テイラーの写真も細いし若い!!
ご登場したら、かなりお肉がついていたし、帽子を取ったら髪の毛の後退も。。。。

イメージはかけ離れていたフロイドさんでしたが、パフォーマンスは変わらずに若くて安心いたしました。



この「公表している写真のイメージ」と実物の違いの大きさは、一番黒人女性シンガーに多い。
ここまで違うか?ってくらいに違う人が多い。
あんまり表向きの写真に手を入れてキレイに加工しすぎると、コンサートのときにかえって不利なんじゃないかと心配になってしまうほどだ(笑) 観客ガッカリ(いや、ビックリ)するでしょう。。。
音楽は「顔」で買うわけじゃないのでね。。。。特にブルースとかジャズとかは。

逆にね、白人女性ミュージシャンは「ここまで気にしないか?」というくらいに髪の毛もセットせずにジャケ写真に自然体で写っている人が多いが(おばさんになっても)、その方がライブの時にギャップは全然感じないと思うのだ。



d213013.jpg 気持ち良さそうに一人で踊っていた女性。




ブルースの黒人女性シンガーは。。。。 そこまでジャケ写真とかウェブサイトでキレイにフェイクで写るのなら、本番(コンサート)でも多少でもいいからフェイクに近い形で出て来てよ。。。と思う(笑)
少しくらいシェイプアップするとか、体のサイズに合った服を着るとか(お肉がはみ出して危ういときがある)、伝線したストッキングは本番では履かないとか(替えくらい持って来てよ-。特に、黒い肌で白いストッキングが伝線しているのはいただけない。目立ちます)、髪の毛をそこまで時間かけてセットするなら、脇毛くらいキレイに剃ろうよ。。。とか。。。。(しかも、腕はパカパカ上げる)。
もう。。。目の前で撮っているフォトグラファーとしては、ビックリ仰天なんですね、毎回。
年々ふた周りくらい太るのもよくありません。体重多ければ声もよく出る。。。なんてことはありませんから。単にだらだら汗かくだけです。

ジャズの黒人女性はキレイに撮るのが難しくないのだが、ブルースの場合、いつも私を悩ませる。
見かけに手を抜いたラフさも、ブルースパフォーマンスの魅力の一つと言えばそれまでですがww(男性は大抵とてもお洒落なんですけどね!)
アゴ肉とか脇毛とかすね毛とかありのままに撮っちゃった方が、それはそれで迫力がある(笑)。
だけどさー、誰が見るのよ、それー。。。って問題もww
肉のかたまりをありのまま撮って、なおかつ「美しい」とされる写真を撮れるようにならないとな(きびし~)。
ブルースの黒人女性たちは、いつも私に難題をふっかける。
(第3日目は女性シンガー多し)。


沢山撮ったミュージシャンたちを全部紹介しきれないのは残念ですが、シカゴの夏の一コマを綴っております。
次回は最終日、第3日目です!



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