どんな社会にも身近に存在すること

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 11.2012 「黒人コミュニティ、「被差別と憎悪と依存」の現在」執筆・出版
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『黒人コミュニティ、「被差別と憎悪と依存」の現在』のレビューがflorentine(磯崎愛)さんのブログに載りました。


「じぶんの抱えてる「問題」としてよんだ、よめた」
「あーーーーーってなった」



自分の抱えている問題、自分の身近な問題に重ね合わせて本書を読んでいただけるのは光栄なこと。

本書では黒人社会の問題を提起しているけれど、人間誰しもが持ち得る根本的な問題をも書いたつもりです。

白人だろうが黒人だろうがアジア人だろうが。恵まれていようが貧しかろうが。
教育問題。性差。格差。
容姿や生まれや出身地(これは日本人にすごく多い日本的なもの)や学歴に対する劣等感。
自信を持てる人と持てぬ人。
人を羨む人と羨ましがられる人。
自分でも見て見ぬ振りをするほど、根深くてねじれた劣等感。
何か誰かに対する憎悪や嫉妬が、相手ではなく自分の問題であることを知らずに過ごす人たち。

こういうことは、人種に関係なく、どんな社会にもあること。
日本でも、色んな人たちがいる。
自分よりも「恵まれている」相手のことを、勝手に嫌ったり妬んだり好ましく思わない人たち。
嫌われる立場に立てばどうしようもないことなのだが、妬んだり、相手を受け入れない態度を頑にとる側は、自分たちの心の問題に気づいていない場合がある。

劣等感とは一体なんだろう?
どうして持つ人と持たない人がいるのか?
人間誰しも完璧に生まれるわけではなく、誰にでも優れた点があるように、欠点がある。
その欠点に劣等感を持つか持たないかで、物の受け止め方にも大きな違いが出来て来る。
民族的に、社会に植え付けられる理不尽な劣等感も確かにあるが、そんな劣等感が植え付けられた社会にも自然な形で自信を持てる人が出て来るように、劣等感を持つのも非常に個人的な問題だと思う。

そしてこれは、「美の産業」が猛威を振るう社会ならどこでも、容姿に関する問題に置き換えられるだろう。
世の中から美の基準を植え付けられた人たちは、容姿劣等感に振り回されることになり、その劣等感が他人に対する嫉妬や、時にはエスカレートして憎悪につながり、本来の自分と正面から向き合えないフェイクの自分を作り出すことに気づかなかったりする。

自分を、より大きなものとして認めようとする姿。あがき。自己顕示欲。
表裏一体の傲慢と卑屈。
努力の上に成り立つ自信からではなく、相手を貶めることで成り立つアイデンティティ。

どれもこれも、黒人社会だけの問題ではない。
黒人社会でそれらの問題が突出して見えるのは、日本の社会に比べると本質を隠す箕(経済力)が十分でないからに他ならない。
しかし日本で約束されていた経済力も、もはや過去の話。
それが崩れて来ると、人間も社会も「変わってしまう」のではなく、本質が見えて来るだけの話なのだ。

黒人や異文化&異社会に興味のある方はともかくですが。。。。そうでない方は、「どこか遠い社会の問題」としてではなく、自分の身近にも転がっている問題と重ね合わせて本書を読んでくださると幸いです。

他にも、ブクログにてのレビュー
レビュー、ありがとうございます。



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