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中毒

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 18.2010 思うこと/考えること
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アルコール中毒、ニコチン中毒、薬物中毒、ギャンブル中毒。。。。etc。
最近はアル中とかと呼ぶ代わりに、アルコール依存症だとか薬物依存症だとか言うみたいだけれど、人の事を「○○中」って呼ぶより「○○依存症」にした方が聞こえがいいからなのか?
どっちも変わらないと思うけれど。
依存症にしたって、何かに「依存する」ってのは、すごくカッコ悪くて情けない状態をさすのだけどね。

中毒というのは、どこまで中毒でなくて、どこからが中毒なのか、境界線が非常に曖昧な言葉である。
例えば酒。
毎日飲んでいる人でも、「量は大した事ないから」「人に迷惑かける程飲んでないから」。。。「中毒でない」と自己申告する人も居る。
タバコに関しても、「その気になれば、いつでもやめられるから」。。。。「中毒でない」と言い張る人。

シカゴでアル中患者の診療をしている知人が言っていた。
「どんなものでも、『毎日』続けていたら、それは立派な中毒患者だ」と。
「どんなものでも」というのは、勉強だとか趣味だとか、依存性の無い食べ物なんかの事を言っているのではない。
アルコール、ニコチン、薬物、ギャンブル。。。などの、身体的精神的依存性のある物である。

アルコールに関しては、缶ビール1本だろうが、ワインボトル3本だろうが、「毎日」飲めば同じ事。
量だのアルコール度は関係ないと。
毎日飲みたい。飲まずにいられない。それが既に中毒症状。
意識があるとか無いとか関係ない。
人に迷惑かけないからいいとか、かけるから悪いとか関係なく、「毎日」飲んでいればアル中と呼ぶ。。。。と。

これをタバコに置き換えても同じ。
1日に数本だろうが、数箱だろうが、「毎日決まって吸う」「吸わずにいられない」状態はニコチン中毒。

専門家によって依存症の定義はまちまちであるが、私はこの「毎日基準」はなるほどなあ。。。と思うのだ。


アルコール、タバコ、ギャンブル、コカイン、ヘロイン。。。。「依存症」には違法も合法もない。
大体、上記の物は、時代や場所や地域や国によって、違法や合法になったり自由自在である。
所が変われば許され、または許されない。

アル中やニコ中の人たちが、薬物中毒の人たちに比べて白い目で見られないのは、単に「合法だから」ということだけ。
何かに依存していないといられない。。。。という中毒状態は、同じなんだけれど。

「人に迷惑」かどうか。。。という意味では、ドラッグ中毒者の方が、影に隠れてコソコソやってくれるので、路上や会社やスーパーでしょっちゅう会ったりなんかして、迷惑かけられることは無い。

アル中の人は、臭い息で公共の場に居るから迷惑だし、飲んでも運転するので事故を起こしたりして大変迷惑だ。

ニコ中の人は、もっと頻繁に「公の場」に現れる。。。。特に喫煙者が甘やかされている日本においては、そこら中に存在する。
人の前で吸うし、その煙がどれだけ吸わない人たちにとって迷惑なものか、分かろうとしない。
全く知らない人の煙を、赤の他人が吸っているのだ。
喫煙者と一緒に過ごした非喫煙者は、家に帰ってから喉を痛めて具合が悪くなる人も多いし、着ていたスーツのタバコの匂いを取るために、クリーニング代も余分にかかっていることを忘れないでほしい。
普段は髪を朝洗う人も、タバコの匂いをした髪では眠れないので(寝具が臭くなる)、夜遅くても髪を洗って寝るのである。
非喫煙者と過ごす時は、こういったことは一切無いのである。

合法の物だろうが、違法薬物だろうが、私は本人が好きでやるならいいと思う。
大体法律なんて、人間が作った物だから全てが正しい訳でない。
合法だからいい、違法だから悪いとは思わない。
全て本人の責任だ。

自分で勝手にやって楽しむならば、体が壊れようがその人の勝手。
だけど、自分の勝手で他人に迷惑はこうむれないよね。
「人に迷惑」という点では、違法ドラッグやっている連中よりも、禁煙環境が整っていないような国(日本とか)で、堂々と「合法顔」してタバコを吸う人たちの方が、明らかに多くの人に迷惑をかけている。

私は、タバコの煙で迷惑をこうむったことは数えきれない程ある(日本に居ると日常茶飯事)。
だけど、比較的簡単にドラッグが手に入るアメリカでも、公衆トイレで他人が吸っているコカインの粉がこっちにぶわーっと飛んで来て鼻に入ったとか、何かの弾みで他人の注射器が私の腕に刺さったとか、そんな経験は「皆無」である。


何にしても、「依存症」になってしまった人は、自分の意志ではやめられないらしい。
それはもう、「疾患」なのだから、プロの人に任せよう。
自分は「患者」だと言う意識を持って、病院に行こう。

アルコールやニコチンや薬物中毒は、立派な身体的依存であるが、その前に、精神的に依存症になりやすい人となりにくい人が居るのらしい。
父親がアル中(タバコもギャンブルもしない)で、母親がギャンブル中(酒もタバコもしない)。
その息子(10代)は薬物中という、シカゴに居る家族を知っている。
ギャンブル中というのは、日本ではパチンコ依存症の人にも言えるのかもしれないけれど、お金をどんどん歯止め無く使ってしまって、家族にも内緒で多額の借金をし始めてしまい、家庭崩壊になるパターンが多い。

この息子が薬物中毒のリハビリに行った時、依存症のDNAや家庭的環境を指摘された。
精神的に何かに依存しないと生きて行けない弱い部分が、家族にもあると。
そしてこの家族は、家族ぐるみ(3人)で、専門家のセラピーを受ける事になった。
専門家いわく、「依存症の人(両親のこと)に、依存症の人(息子)を更生させることは無理」と。
身体の依存症を取り除くのはもちろんのこと、精神的な依存症のセラピーをまず両親が受けないと、成長過程の息子の今後の長い将来は不安定。

父親の「アルコール」も、母親の「ギャンブル」も、その地域では合法である。
息子のドラッグだけが、違法。
だけど依存症の治療には、合法も違法も、そこに境界線は無いのであった。
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