リトル・イタリーに残る廃墟

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 04.2012 エスニックタウン
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イタリア移民のおかげで、シカゴは美味しいイタリア料理を食べられる都市の一つだ。
リトル・イタリーにも、長年お気に入りのレストランがあり、ときどきやって来る。ドアマンというか用心棒が、太っちょの絵に描いたようなマフィアみたいな人で、なかなか雰囲気がある(笑)



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リトル・イタリーの中に建つ、ジョー・ディマジオの銅像。
彼はシカゴ出身でもないし(カリフォルニア出身)、シカゴのチームで活躍したわけでもないのに(ニューヨークヤンキース)、なぜかここに(笑)
「ああ、マリリン・モンローと結婚していた人ね」なんて言ってはいけませんよ。プライドの高い、野球界の大スターディマジオは、妻のマリリンの方が人気があることを非常に嫌っていたそうですから(笑)。
イタリア人というのは同胞のヒーローが大好き。特に当時の古き世代は。
フランク・シナトラとかディーン・マーチンも、イタリア移民の星。
貧しいイタリア移民が、アメリカのトップに登りつめ、活躍しているのを見て大いに励まされたのだ。




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リトル・イタリーも再開発で随分と綺麗になり、古ぼけたイメージから洗練されて来た。

だがつい5年前まで、リトル・イタリーのど真ん中に、プロジェクト(低所得者用公営団地)が並んでいて、そのおかげで一部はものすごく治安が悪かったのだ。




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なんとそのプロジェクトの建物が、一棟だけ取り壊されずに残っている。
高層ではないが、この3階建てのプロジェクトが1ブロックに並んで建っていた。

私が住んでいた頃はもちろん、プロジェクトの住民がわんさか溢れていて、その前の通りだけは歩ける場所ではなかった。昼間から学校に行っていない10代の若者たちがウロウロたむろし、おじさんたちも昼間っから酔っていた。
犯罪の巣窟が、リトル・イタリーの真ん中にあったのが不思議であるが、元々犯罪の巣窟を作るためにプロジェクトというのは建てられたわけではないのだ。
低所得者たちの生活の援助政策なのだが、結果的に人種は黒人だけが集まって住むようになり、人種の棲み分けと、中流層になったイタリア系移民たちとの間に溝も出来た。

この犯罪の巣窟となったプロジェクトが、60、70年代からのリトル・イタリーの衰退に拍車をかけた。
どんどんイタリア系がこの地域から出て行き、もっと安全に住める郊外に移って行ったのは仕方ないことなのだ。

アメリカの大都市にあるプロジェクト(公営団地)というのは、間違った都市計画の最たる例だ。
貧困層と犯罪という関係が、計画時には見えなかったのだろう。
狭い土地に高層ビルをくっつけて建てると、死角が沢山でき、犯罪にはもってこいの場所になる。
殺人、麻薬の密売、レイプ、強盗。。。
通りで事件が起きても、犯人はすぐに九龍城のような迷路の中に入ってしまう。警察もお手上げの無法地帯なのだ。




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リトル・イタリーに住んでいる頃、この前の通りだけは車でしか通ったことがない。
車に乗っていても、怖い思いをしたことがある。
プロジェクトとリトル・イタリーの境の通りに、買ったばかりの車(エコノミーカーだ)を停めて中にいた。
シートを倒していたので、外から見ると人が中に居るのが見えなかったのだろう。すぐに黒人のティーンエージャーの男の子が4人、私の車に向かって走って来たのだ。
それが見えたので、私は姿勢を正して中に乗っていることを示した。彼らは、もう少しで車のドアに手をかけるところだったが、私に気づいて何も知らぬフリをして散って行った。真昼間のことである。
駐車してある車があれば、とりあえず何かを盗む。ドアが開かない場合はタイヤのホイールを盗んで行く。それが日常だ。

だが不思議なことに、リトル・イタリーの中でプロジェクトの住人らしき黒人を一度も見たことがない(夜になって犯罪には来るのだが)。
決して彼らは昼間は歩かない。自分たちの住むテリトリーの中にいる。リトル・イタリーの住民が、プロジェクト内を歩かないのと同じだ。
黒人たちは、白人地域に行っても自分たちが浮くこと、必要以上に怪しまれること、自分たちがウェルカムではないこと十分に知っているからだ。
目と鼻の先に黒人居住のブロックがあるというのに、見事に分かれた人種空間にアメリカの縮図を見たのだった。

上の写真でインド人のカップルが左に向かって歩いているが、プロジェクトが生きていた頃には絶対にあり得ない光景だ。
この先はそれこそ異様な暗闇のような「巣」で、ジャンクカーが並び、怪しい人たちがたむろしていた。
犯罪の巣が取り壊された途端、いきなり風通しがよくなり風景も変わってしまうものだ。

今、プロジェクトが建っていた土地には新しい商業用ビルも建っているが、まだ更地の所も多い。
空き地になっている場所にはシティーガーデンが作られ、トマトや茄子が植えられていた。白人のお兄ちゃんが水やりしていて、なんと随分とこの辺変わったものだと思った。

貧困と重犯罪が直結するのはアメリカの問題点だ。
銃社会の怖さである。



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リトル・イタリーの中の闇の部分が無くなった今、当然のように再開発が進む。
元プロジェクトがあった真ん前に、スタバが出来て学生で賑わうことなど昔は想像できなかった。

そういえば、永住権の申請をする時に健康診断書を提出するのだが、イミグレーション用の診断書を作成してくれる指定クリニックが市内にいくつかあって、そのどれかに行かなければならなかった。
「100ドル出しても300ドル出しても同じ診断書だよ」と係の人に言われ、安く診断書を作ってくれるクリニックを紹介してもらった。
その場所が、リトル・イタリーの隅っこ、プロジェクトのはす向かいにあった(笑)
1階建ての古びたクリニックで、中に入ると大勢のメキシカンファミリーたちで溢れていた。
背の低い白人の初老の先生と、背が高くて最初「男?」と思った、女装した男っぽい黒人女性の看護士。
そして待合室に響くスペイン語の嵐。
その不思議なクリニック、もうその場所にはなかったなあ。
十分、診断書作成だけでも潤っていたはずなのだが。


アメリカの都市というのはどこでも、実に移り変わりが激しい。
それが本来あるべき都市の姿なのだけど。




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