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Lorraine Motel

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 12.2013 Memphis
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1968年4月4日。
マーティン・ルーサー・キング・ジュニアが暗殺されたローレインモーテル。

現在は、国立公民権博物館となっている。




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キング牧師が銃弾に倒れたのは、彼が泊まっていた2階の306号室の前。
倒れた場所には花輪が。

ロレインモーテルは、当時数少ない黒人経営のモーテルだった。
南部は黒人の宿泊を拒否するホテルがほとんどであったが、4年前の1964年にノーベル平和賞を受賞していたキング牧師でさえ、まだ拒否されたのだ。
宿泊できるのは黒人経営のホテルで、故に一等地ではなく、警備の面でも万全でなかったのは言うまでもない。なんせ、どこでも命を狙われる危険な状態にある人物であるのに、ドアを開けるとすぐ外に面するモーテルなのだ。

この黒人経営のモーテルには、スタックスの黒人ミュージシャンたちも常連だった。



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ちょうど女性が立っている位置が、キング牧師が倒れた場所。
向かいに見える煉瓦の建物の窓から発砲されたとされる。



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当時の有名な写真。発砲された方向を皆が指差している。

このときジャーナリストがたまたまキング牧師の隣の隣の部屋に宿泊しており、銃声に驚き部屋を出てこの写真を撮った。




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モーテル向かいの建物。
中央のビルの右端の小さな窓(バスルームの窓)から発砲されたとされていて、現在このビル全体が買い取られて博物館の建物となっている。




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犯人が狙った側から、モーテルを眺める。
博物館は現在改築(増築?)中で、一部しかオープンされていないのであるが、その一部でも十分見応えがあり時間もかかる。




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キング牧師の暗殺犯人として逮捕されたジェームズ・アール・レイは、このバスルームの窓から狙ったとされる。

この場所はキング牧師が暗殺された場所なので、「どのようにして暗殺されたか」「どのように犯人が犯行を企てたか」という展示と説明に随分と場所を割いている。その細かい説明を読むだけで大変時間がかかるものだが、どこかで「でもレイは犯人ではないでしょ?」という気持ちで見ていると、レイの犯行までの道程や背景などの細かい説明は、読んでいてもどうでもよくなってくる。

オズワルドがJFK暗殺の実行犯だなどと誰もがもう信じていないのと同様、レイもはめられただけで違うだろう、というのが世間の正直な見解じゃないのか?
展示でも、レイは単独犯ではなく支援する者がいたに違いない、としているが、「誰が」キング牧師を殺したのか?ということが重要なのではなくて(これも究明することは大事だが、仮に政府が絡んでいるのだとしたら、早々簡単には暴かれないだろう)、「何が」殺したのか?ということの方が重要だ。

人の命には、どれが重いも軽いもないが、一般人が銃弾に倒れるのと、キング牧師が銃弾に倒れるのとでは意味合いが違う。国のリーダーとか、組織の代表者とか、運動のリーダーの暗殺は、その運動、信念、思想、目的そのものが否定され、阻止されるということだ。そのものに対して、強い憎悪を抱いている者(組織)がいるということだ。この場合、黒人の公民権運動に明らかに反対する者、平等を好まない者が、リーダーを暗殺してまで阻止してやろう、と働いたということだ。その憎悪の激しさの事実に、人々はショックを受けた。



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キング牧師は、平和と愛を唱えた人。
黒人を差別したり危害を加えたりするのが白人だとしても、白人を糾弾するのではなく、敵と見るのではなく、お互いに歩み寄ることを説いた。
暴力されても、暴力で返さないこと。ガンディーに啓蒙され、徹底的に非暴力主義で通した。
マルコム・Xやマルコムを崇拝する黒人たちには「キング牧師は弱腰」とバカにされたが、キング牧師の非暴力というのは負け犬の姿勢ではなく、憎むべき暴力に対する最強の抵抗だったのだ。
数多くの街で運動や講演会やマーチに参加し、黒人たちの怒りや悲しみだけでなく、公民権運動に反対する人々の攻撃や暴力を間近に感じて来た。命が狙われることもたびたびで、それでも恐怖に屈せず非暴力で通して来た。大統領でさえ命を落とす時代だ。自分の命がそう長くはないことは、キング牧師は重々理解し、いつでも覚悟できていたに違いない。

暗殺の後、アメリカ各地で暴動が起き、黒人は荒れた。
白人への不信感はますます増し、自ら選ぶ人種隔離も憎悪も激しくなった。
人種間の歩み寄りや平和や愛を望んだリーダーの死後は、哀しきことにそれとは反対の方向へ動いて行った。
拙書「黒人コミュニティ、「被差別と憎悪と依存」の現在」でも記したが、憎悪はより凝り固まった憎悪に、白人を憎悪することが黒人のアイデンティティであるかのように思う人が黒人コミュニティには少なくないことが悲しき現実である。




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博物館のゲートには、キング牧師の最後の演説の一節が。
"I may not get there with you. But I want you to know tonight, that we, as a people will get to the promised land."
殺される前日の3日の、"I've Been to the Mountaintop" スピーチ。

自らに訪れる死が近いということは(翌日に起こりうることも頭にあっただろう)、キング牧師はハッキリ分かっていたのだ。皆と一緒に行動が出来る時間も限られていることも。この演説には、最後の彼の力強いメッセージが詰まっている。最後に涙を目ににじませるのだが(何度見ても胸が詰まるシーン)、演説終えるとキング牧師は力尽きたかのように椅子に座り込む。

現在は、当時と比べることができないほど改善された社会になったが、キング牧師が想像しえなかった形の暴力や憎悪や歪みが、黒人社会で蔓延していることも事実だ。
この博物館は「公民権博物館」であって、「黒人公民権博物館」とはうたっていない。従って、女性の公民権運動の歴史や資料も多数展示されている。
ところがゲイの公民権運動に対しては、たった数行と随分な扱いだ。これには不公平を感じるので、「やらないならやらない。やるならやる」にした展示の方がスッキリするだろう。従って、「黒人の公民権運動」に完全に絞ってしまった方がいいのではないか、とも思った。黒人には賛同、女性には賛同、でも同性愛者にはちょっと。。。。という姿勢は、かえってこの博物館の目的があやふやになる。ゲイ公民権に関することが遠慮がちなのは、保守的な南部のクリスチャニティや団体の圧力があるからなのか。あるいは南部ではこれに疑問を感じる人はいないということか。
この博物館の課題点も含め、社会的背景が見えて来るので考えさせられる。今後どんどん変化していく可能性の博物館であることも言える。

キング牧師が暗殺された日、インディアナポリスにいたロバート・ケネディはキング牧師に向けて追悼の辞を述べた。
(前省略)
「黒人の皆さん、この事件が明らかに白人によって引き起こされたものであると考える皆さん、皆さんの中には悲嘆と憎しみに満ち、復讐を望む者もいるかもしれません。私たちは国を挙げてその方向に、より大きな対立へと進むことも選べるでしょう。黒人の中の黒人と、白人の中の白人が、お互いに憎しみあいながら。
一方、キング氏が実践したように、理解しあい、認め合う努力をすることもできるのです。そして理解と同情と愛の努力によって、この地を覆う暴力を、流血をなくすこともできるのです。。。。。。」

ロバートは、自分の兄を殺したのも白人だと説いて、黒人たちが全ての白人に対して不信感を持ってしまうのを危惧している。
JFKの理想を受け継ぎ、キング牧師の理解者だったロバートも、この2ヶ月後に暗殺された。



重いので「ちょっと立ち寄る」にはふさわしい所ではないが、メンフィスに行ったら是非足を向けてほしい。




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