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聖ジャンヌ

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 16.2013 人いろいろ/人間
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このブログを読んでくださっている知り合いから、「どうしてタイトルが「ジャンヌ」なの?」と聞かれた。
「ジャンヌダルク」の「ジャンヌ」だと分かったとしても、どうして「ジャンヌ・ダルクなのか?」と疑問に思っている人って結構多いんじゃないか?とふと思い、このブログ始めて3年経つが、いまさらながらに簡単な説明を(笑)。

私はカトリックの家庭に生まれて、幼児洗礼を受けた。
幼児洗礼というのは、生まれてから1週間とか2週間とか経ってから受けるカトリックの儀式なのだが、まだ赤ちゃんによっては目も開いてない頃のお話。
私はカトリックの病院で生まれたので、病院付属の聖堂にて受けた。家族や親戚に祝福されながら。
当然ながら、その時の記憶は私にあるはずもない。が、ラテン語で書かれた洗礼証明書なるものは手元にあるし、その記録は終生病院に残る。
洗礼名は、テレジアである。
テレジア、テレーズ、テレサ、英語ではテリーサと言われる名前。
このテレジアというのは、19世紀末にフランスに生き、24歳という若さで亡くなった修道女。

幼児洗礼を受けた者は、大きくなってから堅信という儀式を受ける。
いわば幼児洗礼は自分の意志ではないが、堅信は自分の意志で、という意味合いもある。
私は高校生のときに堅信を受けたのだが、そのときの「堅信名」がジャンヌ・ダルクなのだ。
洗礼名の「テレジア」はおばあちゃんが付けてくれたが、「ジャンヌ・ダルク」は自分で決めた。
ジャンヌ・ダルクは、言わずと知れた中世フランスの百年戦争で活躍した若い女性だが、現代のフランスの守護聖人でもある。

カトリックで洗礼名とか堅信名にもらうのは、必ず聖人の名前。
そこで聖人とはなにか、ということだが、詳しくはウィキのキリスト教の欄を。
これはキリスト教の中でもカトリック独特の文化であり、一部を除いて(ルーテルなど聖人がいる派もある)一般プロテスタントには聖人は存在しない。
簡単に言えば、「信仰の模範となる信者に対して贈られる称号であり、「死後、列聖調査によって徳と聖性が認められた信者に対して贈られる」ものだ。
「信仰の模範」となるって言ったって、聖人になるのは簡単なものではない。この「列聖調査」というのはバチカンで何十年も会議され、「候補者」の中から慎重に選ばれる。
一般には、死後50年は経たないと聖人にはなれない。

稀なケースもあり、上記のテレジアは死後わずか28年で聖人になった人。
一方ジャンヌ・ダルクは、没後なんと478年後。

カトリックには「守護聖人」という概念があり、洗礼名や堅信名にした聖人は自分の守護聖人となる。だから私にとっては、テレジアとジャンヌ・ダルクが守護聖人というわけだ。
不思議なもので、このように「縁のある聖人」を持つと、親しみを持つものなのだ。
例えばテレジアを守護聖人としている教会に旅先で出会ったりすと(テレジアの像が飾られている)、遠い親戚にふと会ったような懐かしい気持ちにさえなる。ジャンヌ・ダルクも然り。
お二方とも夭逝した聖人だが(ジャンヌは19歳)、短い一生の中で立派な業績を残した(業績を残そうと思って生きたわけではないが)。ときどき二人と自分を比べ、自分のだらだらした生き方を直視し、長く生きてるだけで何もできていないことを深く恥じ、自分の小ささを再確認するのだ(笑)。

「聖人候補」は数多いが、わりと早く聖人になる人はマザー・テレサであろう。きっと没後50年も経たずに、彼女は聖人の仲間入りをするに違いない。
ちなみに、聖人になれるレベルの人間というのは、マザー・テレサ並の人である。

カトリック国では、この聖人の名前をそのまま子供の名前に付ける場合が多い。
パウロ(ポールとかパブロとか)、ペテロ(ピーターとかペーターとか)、ミカエル(ミシェル、マイケル、ミゲールなど)などなど、各国によって呼び名は変わるけれど。
ところが日本人で聖人の名前をそのまま氏名に付けると、中村アントニオとか、井上グレゴリオスとか、お笑い芸人と間違えられそうな名前になってしまう。あるいは当て字にする?「イグナチオ」は「伊具名知男」とか?うーん。。。「伊具名」が苗字で「知男(ともお)さん」って呼ばれるのがオチだな。
たまーに、ヨーロッパ名を当て字の漢字にしている信者さんもいるけれど、やはり日本名には合わないのであまりいない。
ちなみに「マリア」というのは当然、ラテンカトリック国には大変多い女性名。もちろんマリア様のマリアから。カトリックでは、プロテスタントと違ってマリア様を崇拝する文化があるから。
マリアという名前の女性はほぼ間違いなしにカトリック信者だといっていいし、逆にカトリックでないのに「マリア」と付ける人はいないわけだが、日本人ではたまに響きのよさだけからこの名前を子供に付ける人もいるようだ(笑)。

日本におけるカトリック人口というのは0.1%にも満たない超マイノリティ。
今では大分変わって来たが、昔の日本のカトリックの人に多い名前というのがある。
女性では「百合」を名前に付ける人。「白百合」はカトリック学校の名前にもあるが、マリア様を象徴する花だから。男性でも「百合雄さん」って知人がいたなあ。
それから「基督(キリスト)」の「基」を名前に付ける人。「聖」を名前に付ける人。
もちろん、カトリック信者でなくともこれらの名前は多いのだが、カトリック信者に限ると、家庭の中に数人いるのだ(笑)。兄弟揃って、とか。昔の人は、信仰をとても大事にしていたから。それが家族の伝統でもあったから(キリスト教に限らないが)。

「聖人」は英語でSaints。
アメリカ南部のバイブルベルト地帯(プロテスタント、キリスト教根本主義、福音派など多数のクリスチャンが住む地域)に位置しながら、ぽかんとニューオーリンズだけはカトリックの街なのだが(フランスからの入植者が築いたから)、ニューオーリンズのアメフトチームの名前はそのまま「Saints」。
「When the Saints Go Marching In(聖者が街にやって来る/聖者の行進)」はジャズで有名だが、ニューオーリンズのお葬式はこのジャズナンバーでパレードする。いかにもニューオーリンズらしい。

普段自分の宗教を意識して生きることが少ない毎日であるが、ファミリーの歴史とか伝統とか、先祖が大切にしてきたものは意識して生きたいな、と思うのだ。
それは自分のルーツであるから。





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