整理・処分の仕方(1)衣類編

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 14.2013 思うこと/考えること
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「日本では、『断捨離』ってのがブームなんですよ」と聞いたのも、もう数年前。
その本は読んだことはないが、「物を捨てること」に関しては、私はかなり前から積極的に行なっている。
「捨てる」というのは、リサイクルセンターに寄付したりすることも含めるので、いわゆる処分・整理。
私の処分の方法を、いくつかに分けてご紹介。今日はまず、衣類(靴、アクセサリー含む)編。

今では物を溜め込まない、不要になったらすぐに処分する私だが、20代まではそうでなかった。
理由は簡単。実家に住んでいたし、海外に住んでも実家をもの置き場に使っていたからだ。自分の部屋はそのままだったし、物置けるスペースがいくらでもあるということは、処分する機会を失うマイナス条件である。

30歳超えた頃、当時付き合っていた人が実家に遊びに来た。
彼は私の部屋のすごい量の服や靴を見て驚いた。「物ありすぎ」と。
20代の頃は、よく服や靴を買った。確実に必要以上に。でもそれが「必要以上」だったと気づいたのは、処分してからだ。
20代の若い頃にお洒落したり、着飾るのはいいことだと思うし、なんら後悔はしていない。多分あの時代に思いっきり衣類にお金をかけたから、装飾品に対する執着や未練もその後ないのだと思う。買いたいとき、欲しいとき、お洒落したいとき、それが似合うとき(若いときにするって大切)に思う存分楽しむ。これは大事。

彼は装飾品に頓着ない人で、私の「物持ち」に呆れたようだ。
私自身も、自分の衣類の多さに困っていた。しかし整理の方法を考えることまでしなかったのだ。
彼がふと、「ここら辺の着ない服とか靴とか、フリマーで売ったらすごく売れるよ〜」

フリマー。
フリーマーケットのこと。「フリマー(フリマ?)」と略すこともそのとき知った。フリマーなんて行ったことも縁もなかった。
彼はなんどか経験者らしく、「やるときは手伝うから」と言ってくれた。

フリマーに出すと決まったら、ダンボール箱に処分する服を詰める作業。これ、結構気持ちいいのね。どんどんクローゼットや引き出しに空間が出来て行く。
いちどきに処分することはないから、とりあえずもう「絶対に着ないだろう服。はかないだろう靴」から。
「絶対に」というのは誰にも分からない。だが「もしかしたらまた着るかも」と思ってはいけない。私は自分でルールを決めた。「3年(あるいは4年)袖を通していない物は、処分」
この「3〜4年ルール」は、いまでも実践している。2年間着ていなかったが、3年後にまた着るようなコートとかはある。だが、5年着ないのに、その後また着始めるものはほとんどない。

靴はハイヒールとブーツは全て処分した。何十足とあった。
お洒落な、しかも高価な靴をそこまで思い切って処分出来たのは、その後しばらくオーストラリアに住もうと思っていたからだ。オーストラリアでは、東京の生活とは正反対に自然の中で過ごしたい。ハイヒールなんて一足も必要ない。数年後に日本に帰ってきたとしても、靴なんてまたそのとき買えばいい。数年はかない物を、取っておく気はなかった。

大量の服と、靴箱に入った靴。靴は数回しかはいたことのない物も多く、ほとんど新品だった。
初めてのフリマー会場だったが、車から荷物を出している最中に、プロの古着屋さんたちが品定めにやってくる。私のところには結構いい品があったので、勝手に箱から出して、「これいくら?」なんて買って行く。まだオープン前なんだけど。。。。
準備しながらプロに売ったりするので大忙しだ。
これはかなり売れるかも、と思っていたら、案の定お客さんはひっきりなしに来た。開園から閉園までトイレに行くヒマもお昼を食べる時間も皆無だった。
「処分」が目的なので、値段は高く付けない。1000円が上限だ。ブランド物の服も500円。新品のハイヒールも500円。当然、飛ぶように売れた。
ヘトヘトになったが、最初の売上は10万円を上回った。処分して10万円ならいい方だ。

1回のフリマーでは全然整理にならなかったので、第二弾、第三弾。。。。と1〜2ヶ月に1度フリマーして、衣類は大分処分した。すっごくいい気分だった。
フリマーの準備をしているときも、会場で広げているときも、「よくもこんなに服を持っていたもんだ」と我ながら驚き、そして呆れた。
自分の「物」をいちどきにまとめて、ああいう形で目にできたことは、反省のために本当によかったと思っている。買ってもほとんど使わないもの。。。。。こういうショッピングは、今後しないだろう、いや、したくない、と思った。買ってクローゼットの中で眠り、そして処分。物に対しても失礼だ。

衣類が大分片付いた後半は、フリマーで他のものも処分した。
アイススケート(靴)、海外からの土産物(置物とか)、文房具、もう使わない香水やオードトワレ、帽子、マフラー、スカーフ、こまごましたものまで全部。
とにかく「処分」が目的のフリマーなので、最後は値段を下げてでもお客さんに持って行ってもらいたい。残り物を持ち帰るのは、最小限に。

整理しているとき、「処分しなよ」と言った本人の彼は、「ええー、こんなものまで処分しちゃうの〜?」と驚いた。
私が、人からもらったプレゼントとかを処分しているからだ。どうも彼にとっては、「人からもらった物」を処分するのは勇気が要るらしい。
今度は私の方が言いたい。そんないちいち「物」ごときに「思い入れ」を持ち続けていたら、どんどん物の数は膨らむばかりじゃないか。誰からもらっても、物は物。特別な人とか特別な思いのある物でないかぎり、自分に必要のない物は取っておく意味がないのである。
私は、スペースがあったから物を捨てずに置いておいたけれど、物に対して思い入れを持つタイプではない。その点、処分&整理に向いているのだろう。
そう、大事なことは、物に対して思い入れを持ちすぎないこと。もらった方は「これは◯◯からもらった」と覚えていても、あげた方は忘れているものである。だから失礼にもならない。有り難いのはくれたその人の「気持ち」であり、決して物ではない。

そういえば昔、家で汚い穴のあいたジャージーをはいている男性がいた。「高校時代の部活の思い出だから、捨てられない」と。ひえー。。。 もう「高校時代」から大分経っているのに。。。。
「絶対に思い出のある物は捨てられない」とキッパリ言っていたが、まだ若いのにそんなに過去に執着して気味が悪いな、と思った。
案の定、その男性は今まで付き合って来た女性との思い出の品とか写真とか、別れて何年も経つのに捨てられないタイプらしい。それは、その「元彼女」たちからしたら、ゾゾゾ。。。である。言わなかったけど。
たかが「服」だけど。物に執着する姿勢は、人間関係にも関連する場合もある。
たかが「物」だけど、きれいサッパリ処分することで、過去を振り返らない前向き人生が送れることもある。これは本当。

話にはオチがあるのだが、私に「服を処分しなよ」と提案してくれた男性の家に行ったら、彼の部屋には彼の執着するもので溢れていた(笑)。
私から見れば「ゴミ」にしか映らない、小学生時代のボロボロの図鑑全集とか。図鑑なんていくらでも進歩するので、それが今後役立つとは到底思えないのだが、彼にとっては「大切なもの」なのだとか。
なーんだ。単に「衣類」に興味なかった人だったから、私の衣類処分を積極的に手伝ってくれたのね。プ。自分のことは棚において人のことをあれこれ言うのはおかしいが、私は彼の提案のフリマーのおかげでたまりにたまった衣類をすっきりさせることができたので、それは感謝してる。

衣類はかさばる。
2年に一度、大量衣類処分をすると、スッキリする。
今年の冬も、ゴミ大袋に8つ、夫と私の衣類を処分。コート、ジャケット、スーツ類も減ってスッキリ。
シカゴでは、衣類を寄付できる大きなボックスが、スーパーとかの駐車場によくある。宗教団体とか民間団体がそれぞれやっている。そこに袋をポンと入れるだけで楽チン。
あとはスタッフが仕分けして、市内のリサイクルショップやバザーなどに出して慈善事業の資金にするわけ。



処分話、次回に続く〜




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