整理・処分の仕方(4)手紙編

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 18.2013 思うこと/考えること
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もらった手紙を人はみな、一体どういうタイミングで処分しているのだろう。
相手が誰からでも、いただいた手紙を読んですぐに「もう読んだから」といってすぐゴミ箱に捨てる人の方が少ないと思う。
この場合、昔付き合っていた人からの未練たらたらの気持ち悪い手紙とか、全然思ってもいない異性からの思い込みの激しいラブレターとか、そういうのは例外だ。そういうのはすぐに捨てた方がいい。持っていても、決して福は来ない(笑)。

かつてはメールなどなかった。一体いつの話〜?と若い子には言われそうだが、メールの代わりに手紙でやり取りしていたのだ、人類は。私もどっぷり、その手紙世代で育った人類である。
夏期講習なんかで会った他校で好きな子ができたら、住所を交換し、文通が始まる。メアドじゃなくて、「住所」でしたから。
引っ越した友達とも、メールではなくて文通。成人してからも、海外で知り合った人たちとは文通。ずいぶんと海を超えたやり取りがあったものだ。いまだったら簡単にFBでやり取りできるんだけど、そういう時代じゃなかった。
親戚、家族を初め、お世話になった先生、学友、友人、海外の友達、恋人などなどからもらった、数多くの手紙。紙も積もれば山になる。そんで紙って重い。
幼稚園のときに先生にもらった年賀状から、20代にやり取りしていた旅先の友達の手紙から、全部ひっくるめた箱が実家に置きっぱなしになっていた。
手紙もいつか整理しようと思っていたのだが、手紙は洋服やくつと違ってパッパと仕分けして処分出来ない。。。。人生何十年分かのやり取りの記録を見直さなきゃいけないから。。。。。面倒な作業だ。。。。。と思っていた。だが、箱を開けたら簡単なのだった。

とても大事でずっと取っておきたい手紙というのは限られている。
人によって違うだろうが、人生で大切な人からの、かつ大切な手紙というのはそうそう多くないはずだ。
学生時代に文通していた友達との手紙などは、昔付き合っていた人からもらった手紙などは、読まずに処分。同じように自分も彼らに書いたはずだが、同じように処分してもらわなければ困る。お互いに、青春時代というのは読み返されたら困るようなことを書くものだ。きっと本人が書いた記憶もないに違いない(私はない。笑)。
仲良かった友達は遠距離が多かったので、すごい手紙の量だ。これと同じ量私も送っていたのだ。筆まめ同士は手紙が膨らむ。それも懐かしいなあ、と思いつつ、処分。
付き合っていた人からの手紙もずっと箱に入れてあったので、処分せずにどんどん「過去」がたまっていた(苦笑)。新しい恋人ができるたびに、元彼からの手紙を処分する、というほどマメではなかった。そんで若い頃は、特に20代というのは、それを放っておくと、とんでもない量の「過去」が箱に入る。
でも処分には時間はかからなかった。封筒に名前が書いてあるからし分けは簡単。なんで今までやらなかったんだろう?と思った。

20代後半に「手紙箱」を整理したのだが、20代半ばで初めてパソコンを買い(当時高かったなー。。。)それからはメールが主流になって手紙など書くこともしなくなったから、幸いたまらなくなった。
ゴミ大袋で3袋くらいあったかなあ。私が突然死んだら、人からもらった手紙は他人に読まれるかもしれない。そうなると、くれた人だって迷惑だろう。私に宛てた手紙が、えらく時を経て他人の目にさらされるなんて。自分で適当なときに整理しないとそういうことになるのだ。

高校生の時を最後に年賀状という物も書いていないので、私ももらっていない。だから年賀状の処分というのは分からないが、手紙もハガキも溜まると荷物ということだけは真実。過去の手紙を溜めて、いつか読み返すのか?といえば、私の場合は「NO」である。本当に大切な思い出深い手紙を抜かして。恩師からの手紙とか、亡くなったひいおばあちゃんから私が子供の頃にもらったハガキとか、家族の記録は別として。

メールは「手書きの手紙より温かみがない」のかもしれないが、お互いの処分の手間を考えるとメールというのは有り難いものだ。
たまには気分を変えて、旅先から絵はがきを友人や家族に送ったりする。それはそれでとても喜ばれる。そういう習慣は自分でも残したい。だけど、そのとき書いた私の気持ちと、もらった相手の気持ちが通じ合えばそれで結構。その「一瞬」のために書いている。手紙も同じだ。だから、読んだらすぐに捨ててもらって構わない。それは「あんまり」なら、しばらく冷蔵庫のドアにでもマグネットで貼っておいてもらって、それから買い物リストのメモと一緒に捨ててもらっていい。手紙も、物質じゃなくて大切なのは「気持ち」だから。

家に帰って来たらすぐに捨ててしまうレシートと違い(高価な買い物は別として)、すぐに処分するのはためらってしまう手紙類。
いまでもご年配層は、手書きの手紙層だと思う。
手紙も積もれば紙のゴミ。だからこそ、「ゴミ」になる前に、定期的にチェックして整理することも大事。物は溜まれば溜まるほど、整理は大変になる。

日本人は新年を迎える年の暮れに大掃除をする。
これはアメリカにも輸入したい、とても賢いよい文化だ。
昔の人(うちの祖母世代)は、年の暮れに古い下着や靴下を捨て、新年から新品にしたという。それを聞いたとき感心した。
下着や靴下やタオル類って、「替え時」が微妙。タオルなんてしょっちゅう使っているものは、そろそろ替えた方がいいような気もするし、まだまだ使えるような気もする。だからこそ、「新年」を区切りにする。多少使えそうでも、タオルは雑巾に。そして新しいものを使い始める。物の区切りは気持ちの区切り。
手紙類も同じことだと思う。「処分どき」が分からなかったら、年の暮れの大掃除にするのもいいだろう。
手紙って、「捨てるのは失礼」なんて気になるけれど、相手からすればいつまでも昔に書いたものを取っておかれるのもかえって失礼にあたるわけなのだから。ほとんどの場合。

プライベートも仕事もメールのやり取りが主流な今日だが、数年前にプライベートの方のメールアドレスがクラッシュして、全部記録が吹っ飛んだことがあった。仕事の方じゃなくて、それは本当に助かった。
友人のアドレスはその後なんとかして再度手に入れたが、家族や友人らとのメールのやり取りの記録は全部なくなった。それで困ったか?というと、全然困らないわけだ。
お互いに、なにをやり取りしたのかも忘れているほど、手紙というのはそのときの近況報告が主。読み返すものはないし、失くしたからって後悔するものはない。
「やり取り」って、その一瞬一瞬のお互いを思いやる気持ちが大切なのであって、決して記録に残すことでもないわけだ。ついついメールも、消去せずに溜めておくけれど。
ほとんどの場合手紙って、そんなものなのである。

そうそう、家族からの手紙は例外で、子供や孫(小さい頃)からの手紙はいくつか取っておいてあげた方がいい。全部取っておくと大変なので、いくつか間引きして。
子供の字ってその時しか書けない芸術品だし、もらった方だけじゃなくて、あげた方が忘れているので何十年か経ってから見せられた時に自分の歴史を振り返ることができる。
私も数年前、「何かの拍子にでてきた」という、私が子供の頃に書いた手紙を見せてもらった。

「ママへ。29さいのおたんじょうび、おめでとう」

ひえー。。。である。 自分の母が29歳って。。。。
5歳になったばかりの私。ちゃんと自分の名前だけは、漢字で書いてある。結構しっかりした字で。
こういうのは自分では「すっかり」忘れていることなので、取っておいてもらうと嬉しいものです。





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