整理・処分の仕方(6)卒業アルバム編

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 20.2013 思うこと/考えること
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整理・処分シリーズ最終は、卒業アルバム編。

なんで卒業アルバムかというと、私と同じ年代や、うんと年上の人まで、「卒業アルバムを取ってある」なんて言うのをときどき聞いて、「へえーーーっっっ!!!!」とビックリしたことが何度もあるからだ。
卒業してから◯十年経っているのに。。。物持ちいい人が多いんだな。

大学の卒業アルバムは、希望者だけが予約して購入という形だったと思う。おそらく買う人って半分もいないんじゃないかな。
30過ぎてオーストラリアに移住することになったときの荷物大整理で、小中高の卒業アルバムを合わせて久しぶりに手にした。
最初の感想。。。。。。「重いっ!!!!」

卒業アルバムって、なんであんなにガッシリしていて重いんでしょう。3冊重なるとかなりだ。しかもかさばる。
私だって少しの間考えた。「卒業アルバムって、取っておく物なの???」
だが、他に「取っておきたい」大事な物が沢山あるわけで。私にとっては、旅は人生の糧なので、旅先の思い出が詰まったものや写真は捨てられない。「なにがより大事か?」になると、卒業アルバムは優先順位からすると下位だったわけだ。

衣類のように「3〜4年着ていないものは捨てる」のルールからいけば、卒業アルバムは卒業後すぐに何度か開いたが、それ以来一度も見てもいない。3〜4年どころか10年に一度も開かないわけだ。それとも、これから開く機会があるのだろうか?? 一体どういうときに? 持っていないと困ることでも出て来るのだろうか? うーん。。それはなさそうだ。。。。
小中高それぞれに楽しい思い出はあるが、楽しい思い出があの「卒業アルバム」に詰まっているわけではない。友人らと一緒の写真は自分のアルバムにあるわけで。
ということで、処分する時に全く迷いはなかった。

大分前だが、「高校卒業後30年の同窓会に出席する」という年上の友人が言った。彼は高校まで地方で大学から東京に来ているため、過去30年間一度もほとんどの同級生に会っていないらしい。「だから卒業アルバムを見て、皆の顔と名前を予習しなくちゃ」と。
なるほど。。。卒業アルバムとは、同窓会の「予習」のために利用するのか。同窓会で「ここはどこ?アナタは誰?」状態にならないためには、それは必要そうだ。
だが海外永住組の私にとって、今後も同窓会出席のチャンスなどなさそうだし、やっぱりそういう利用方法もあり得なさそうだった。

卒業証書なるものも、大分前に捨ててしまっていた。あの、「筒」に入った証書。
最終学歴の証書だって、人生で必要になることなんてない。大学の卒業証明が必要だったときって、私の場合はアメリカの大学に入学するときだけだった。そんなものは、大学の窓口に行って学籍番号を言って手数料払えば発行してもらえる。卒業後何年経っても、卒業生ならばどこの学校でも発行してくれるはずだ。
開業医が、卒業証書を額に入れてクリニックに飾っている場合もあるが、そのように飾る必要性のある人の方が少ないと思う。

もちろん、「卒業アルバムなんて捨ててしまった方がいい」と皆に言っているのではない。
大事なものは人それぞれだろう。
ただ、卒業後10〜15年以上経つのに「必要性を感じていない」人。しかも、「捨てたいんだけど、これって捨てていいものなのか?」と迷っている人がいたら、私の処分経験談を参考にしてほしい。
捨てたけれど、全く後悔していません。困ることもありません。

学校時代の大切な思い出や懐かしい友人のことは、アルバムが無くとも思い出せる。

ふと思う。卒業アルバムも、あんなに仰々しくしっかりしたものじゃなくて、CD-ROM化されたものだったら、ひょっとしたら他のCDと共に取っておいた可能性もあるな、と。
私の時代にデジタル化なんて考えられなかったが、今の時代ではそういう高校もあるらしい。そうだよねー。
薄っぺらいCD1枚なら邪魔にならないし、海外に引っ越す人だって簡単に持って行ける。画像もいいものなら、見るのも楽しいだろう。私の時代の卒業アルバム写真なんて、とてもクオリティが高いものとはいえない。当時見たって、そう思ったくらいだったから。
今では、卒業アルバム処分する人も、自分でデジタル化してから処分する人もいるらしい。
私が処分したときは、そういう発想すらなかったが(笑)


私の場合、「◯◯に住みたい」「今度は◯◯に住みたい」と海を超えて居住場所がくるくる変わった人生なので、物を定期的に処分して身を軽くする必要性があった。
荷物が多いと、人は動くのがおっくうになるものなのだ。
持ち物が軽いと動きやすいから動くのか? 動きたいから軽くするのか? どっちかといえば、「動きたいから軽くする」である。

だから、農耕民族系定住型ならば、別に物を処分する必要性も高くないのであろう。
若いからパワーがあって動き、年を取ると動けなくなる、っていうものではない。これは人間のタイプ。
子供の頃から定住型は定住型だし、移動変貌型は一生そのままだ。
ただ、物の整理や処分というのには体力がある程度いる。物が溜まっていれば溜まっているほど。だから、少しずつ見直して、定期的に処分するのは大切なことかと。。。定住型にとっても。

知人に、「物が多いから引っ越したくても引っ越せない」って何十年も言い続けている人がいる。
確かに物が少なくなれば、身軽に都心のマンションにでも暮らせるのであろうが、引っ越せないのは物のせいではないとも思う。物を捨てられない、というのは、物に囲まれてないと不安、というのもある。自分の趣味の衣類や書籍を処分する作業は、私が考えて行なって来たことより、ずっと大変な作業なのだろう。体力的に、ではなく、精神的に。
そういう人にとっては、無理しなくてもいいんじゃないかなあ、と思う。だって、「処分する」ことで、余計にストレスがたまっては意味がないもの。
そういう人は、「思い切って」処分したあとに、絶対に「後悔」が待ち受けているから。「あー、あれ捨てるんじゃなかった」とか。
無理なことは「スッキリ!」どころか「ガックリ。。。」になるので、ほどほどに〜。





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