Howl's Moving Castle

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 14.2013 映画&ドラマよもやま話
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2004年の「ハウルの動く城」。
アメリカでもヒットしたので意外と早くDVDになっていたのだが、観よう観ようと思いつつ後回しになり、やっと先日観たのである。
観た後に、「もっと早く観ておけばよかった」と思ったほどよかった。

有名な宮崎駿作品なので、いまさらながら私が日本にいる方々に説明するまでもないので「どれだけよかった」とか「ここがいい」などといったことは省くが、吹き替えについてちょっと一言。
最初はもちろん、オリジナルの日本語で観た。
誰が吹き替えをやっているかは全く知らずに観たので、「あー、この声、聞き覚えあるなあ。。。」と思いながらも、すぐに分かったのは荒地の魔女の美輪明宏だけだった。
まさか、少女ソフィーの声が倍賞千恵子だとは、驚きである。声が若い。。。倍賞さん。
そして、セクシーなハウルの声はなんと木村拓哉でしたか。ふむふむふむ。。。なかなか合っていてよかった。

英語タイトルは"Howl's Moving Castle"(そのまんま)だが、調べたらなんとなんと、吹き替えの俳優陣が大御所。
荒地の魔女にローレン・バコール(ひえーーーーーっ!)。
おばあちゃんのソフィーにはイギリス人女優のジーン・シモンズ(キッスのジーン・シモンズではないwww)。
ハウルには、同じくイギリス人俳優のクリスチャン・ベール。
そして重要な脇役のカルシファーにコメディアンのビリー・クリスタル!!

ローレン・バコールにビリー・クリスタルと聞いて、もう一回英語で観てしまった(笑)。
アニメ映画というのは、声優の違いでこーーーんなに印象が違うんだ、と思った。ストーリーも絵も重要だけど、声を吹き込む作業って、人形に魂を吹き込む作業と同じ。声が違うだけで、全然違うキャラクターになる。

日本語版と英語版を比べて観ると、英語版の方が出来がいい。
荒地の魔女の美輪明宏とローレン・バコールは、甲乙つけられないほどどちらもいい。さすがはベテランの貫禄。
ソフィーは、日本語版は倍賞千恵子が少女時代も老婆も両方兼ねてやっている。それはそれですごいことだが、英語版(2人の女優が分けてやっている)と比べると、ソフィー老婆の出来が明らかに違う。
当時74歳で吹き替えをした、ベテラン女優のジーン・シモンズのすごさと重みは、90歳の老婆を生き生きさせている。深く重くしわがれた声に、ユーモアを軽快さ。素晴らしい抑揚。
ジーン・シモンズの老婆を観たあとに倍賞千恵子版を観直すと、老婆がすごく軽く感じてしまう。倍賞千恵子の声は若過ぎて、透き通りすぎて、かえって残念。

カルシファーのビリー・クリスタルも、日本語版よりも数倍上。
日本語版では我修院達也となっていて、一体誰だろう?と思ったら、若人あきらと呼ばれていた人ですね、だったら知っている!
ビリー・クリスタルの台詞の滑らかさ、面白さ、さすが一流コメディアンで、「炎」にあれだけキャラクターを与えられるってすごい。もうこれは、吹き替えをやる役者の「芸」の質の違いが出てしまったといってもよい。

そしてハウル。
唯一日本語版の方がしっくりくるかな?と思ったのはハウルのキムタク。
クリスチャン・ベールの声は低過ぎて、ダークな部分を持っているハウルにはピッタシなのかもしれないけれど、ハウルの容姿にはちょっとダークすぎるんじゃないかと思った部分があった。ハウルがダークなときはいいのだけれど、金髪でおとぎの国の王子様みたいなときもあるからさ(笑)。
キムタクもいいけれど、個人的にはGACKTがいいんじゃないかと思った。単にGACKTの声が好きなんじゃないのー?(はい、好きですが)と言われそうだが、彼の声はセクシーだし落ち着いているし、ハウルにピッタリ。あー、GACKTのハウルを観たい。

ところで危うくハウルに恋をしそうになった私。
やばいやばい、アニメの登場人物に恋をするなんて。。。小学生なら許されるが。いやー、久々に味わった、アニメキャラへの恋心。
最近観たアニメ映画って、カンフーパンダだから(笑)。カンフーパンダは好きだけど、恋に落ちるようなキャラクターは登場しなんだよね。。。。
「ハウル。。。」は平たく言えばLOVEの話。
戦争に反対し、平和を望むのも愛。そしてソフィーのハウルの恋物語。
ハウルが戦闘機や爆弾に対し、「敵も味方も(敵の戦闘機か味方の戦闘機かどうか)関係ない。人や街を殺す武器だ」と言うような台詞を言うが、まさにそれは私がいつも思っていること。自分(自国)を守るためならば、武器を手にして人を殺してもいいという矛盾。戦争を止めさせるための戦争。誰かの夫や父親を、誰かの家族を殺し、遺族を作っているわけだ、「自分らの平和」を守るために。

この映画のシーンには、他の宮崎作品と同じように、世界中のいくつもの美しい場所がモデルとなって出てくる。
港町のシーンではイタリアのチンクエテッレを思い出したし、花畑と湖のシーンでは、アメリカのグラントティトンを思い出した。グラントティトンは昔トレッキンツをして山中泊したことがある。湖水に映る山とか雲とか、天国の風景のようだった。
そしてソフィー老婆がサリマンに会いに行く街並の広場のシーンは、チェコのTelc(テルチ)そのものではないか!これまた懐かしい街並を拝見して嬉しくなった。

「ここ」とは限定されないシーンにしても、彼の作品にはいくつもの魅力ある街並や風景が自由に組み合わさって出て来る。「こんな所があったらいいなあ」と観客たちは思うが、実際に本当にそういう場所があるのだよ。
「世界中にはこんなに魅力溢れる場所が沢山」。。。。これも全作品を通しての、監督からのメッセージであろう。





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