スポンサーサイト

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on --.-- スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

オリンピックが終わり、夏も終盤

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 24.2016 日々あれこれ
lfront1.jpg


今年のシカゴの夏は、平均して毎日暑かった。日中どんなに気温が高くとも、夜はジャケットが必要なんていうのがシカゴの夏なのだが、毎週毎週暑かった。

オリンピックの閉会式の日、夏が始まって以来初めて、湿気のないさわやかな青空が広がった。
オリンピックとともに、夏も去っていく。

NBCで観ている限り、日本勢がどの種目に出てどのように頑張っているのかは全く見えてこない。
当然ながらアメリカの選手に焦点を当ててばかりだし、半端ないメダルの嵐の国なので、それを追っているだけで放映はギリギリ精一杯。
たまにネットで日本をチェックすると、日本も今までにない勢いでメダル獲得しているじゃないか。それをテレビで見れないのは残念だった。と言っても、今やどの競技もネットで配信されている。
だからAppleTVで日本勢のスポーツを観戦したのだが、一切アナウンスもコメントも入っていない競技を淡々と見るのは迫力に欠け、観戦の盛り上がりにはコメンテーターの言葉や観客の応援の音声効果などがいかに大切なのかがよーくわかった。

スポーツ大国アメリカは、毎回メダルの数が飛び抜けている。
今回は121個。金メダルだけでも46。これだけメダル獲得が珍しくなくなる国というのは、当然メダル一つの重さが他国とは比較にならないくらい軽くなる。
金メダルを取ればレポーターは駆け寄り讃えるが、マイケル・フェルプスのような選手がいるので、「23個目!」「24個目!」なんていう放映の後には、1個や2個の金メダルは大したことのない印象になってしまう。
ブライアン・マーフィという21歳の競泳選手も初五輪で金メダル3つも取ったのだが、スポットライトはフェルプスに持って行かれた。1回のオリンピックで3つの金を取るということは、本当にすごいことなのだ。他の国なら名誉国民になってもおかしくない。アメリカのスポーツの層の厚さのすごさは、この程度だと人は大して注目もしないという点からもわかる。
ブライアン・マーフィは、後2、3回はオリンピックに出て金を取り続けないと、国民のヒーローにはなりえない。

オリンピックメダル選手の扱いについては日本とは対照的で、日本はたった一つの金メダルが国民の記憶に残る重さを持っており、メダルの色が金でなくてもしばらくちやほやされ続け、運が良ければスポーツ界以外で売れっ子になる。
アメリカの9割以上のメダリストたちは、地元や出身クラブのヒーローになっても、アメリカ人たちの記憶に残ることもない。ただ、メダルの重さは121分の1であっても、選手個人にしてみれば重いことには変わりなく、意味も大きい。メダリストでもちやほやされないだけに、次のシーズンへの練習にも集中して打ち込めるだろうし、それはアスリートにとっては健康的な環境であるともいえよう。
アメリカ人は放っておいても必ず誰かしらがメダルを取ってくれるので、一人の選手への偏ったメダルの期待もメディアはしない。その点は、日本の選手はあまりに期待されすぎて、かなり気の毒だ。
だいたい、オリンピック代表枠に入るのが精一杯できた選手と、なんとかしてメダル獲得が目的のレベルの選手と、オリンピックで金を目指している選手たちは大きく3つに分かれていて、どの競技もかなり開きがあり、ギリギリ選手がメダルを取ることなどまずないわけだ。
層の厚いアメリカはその現実にとても冷静であるから、メダル候補でない実力の選手に「16歳の初オリンピック。メダル獲得なるか?」なんて酷なレポートはしたりしない。

男子体操では、アメリカばっかり放映していて、日本が団体で金を取ったのは後で知った。ライブで見たかった。
それから印象的なのは、陸上のリレーで日本がジャマイカについで銀メダルを取ったこと。だいたい、日本が決勝まで残ったのも知らなかったから、これも後で知って驚いた。
コメンテーターも「な、な、なんと、驚くことに、日本が銀メダルー!!」って叫んでいた。これこそ、世界の誰もが予想だにしていなかった結果だろう。
アメリカ人の友達から、「一体日本どうしたの?」とからかわれるように聞かれた。陸上国家アメリカの人たちに対して、「もともと日本のお家芸だよ、知らなかった?」とは冗談でも言えず、「うーん、どうしたんだろうねえ。。。わからん」としか答えられない。
しかしまぐれで銀メダルは取れないので、日本も素材と環境が整えば、陸上で活躍できる事も不可能ではないのだと思いたい(ウサイン・ボルトをコーチとして金で呼ぶとか?無理だよ)

かつてルーマニアは体操女子の王国だった。それがアメリカに変わったのは、周知のようにカーロイ・ベーラとマルタ夫妻コーチのおかげだ。体操界を変えたナディア・コマネチのコーチがアメリカに亡命し、今はアメリカの選手を育てている。
素材があっても、良き指導者がいなければ選手は育たないことのいい例。アメリカはその点、世界各国から才能がやってくる寄せ集めの国だ。オリンピックのメダルの数は、アメリカとはどういう国かということをよく物語っている。
今回の他国の金メダリストたちも、将来アメリカにやってきてコーチ業につく人は少なからず確実にいる。自国の選手を育てたくとも自らの生活の保障を考えると、アメリカを選択せざるをえない場合も。
自分と違う国籍の選手をメダリストにし、選手の国旗を見るときに、一番「国別メダル数って意味ないなあ」って感じるのは誰よりも指導者たちだろう。
そう、ノーベル賞も同じだ。アメリカのノーベル賞受賞者って、アメリカ生まれじゃない人が多いし。
秀でた才能があればウェルカムの国。秀でた才能を育むのには最高の国。それはとてもいいことだ。生まれた国で伸ばせないことを、この国は支援してくれる。それがメダルやノーベル賞受賞数に反映されている。

日本がアメリカや中国のようにメダル国家になることはないだろうけれど、ちょうどいい位置にいるんじゃないかな。メダル数もバランスよく、注目される競技も選手も増えてきて、それが次世代につながる。まず優秀な選手が出てこなければ、優秀な指導者は生まれないってことですから。鶏と卵ですが。
「ちょうどいい位置」というのは、オリンピックで国民が適度に盛り上がれるレベルということ。ということは、刺激されて興味を持って何らかのスポーツを始める子供も増えるし、鍛えられたオリンピアンと自分の体を見比べて「これじゃいけない」と運動始める大人も増えるということだ。世界には「オリンピックなんてよその国のもの」と注目されない国々がほとんどだし、またオリンピックがあまりに力を持つと、国ぐるみのドーピング問題など、健康なはずのものが一気に不健康になる。何でも「適度」がよろしい。
日本のオリンピック放映を全く見ていないからハッキリしたことは言えないのであるが、結果のメダル数だけ見ての感想である(だからすごくずれているかもしれない。笑) 

ちなみに、オリンピックが終わって2日目ですが、121個もメダルを取ったアメリカは、すでにオリンピックのことを忘れております。
これからアメフトのシーズンなので、国内スポーツ地元贔屓が始まります。
いつまでもメダリストたちをちやほやしないアメリカのメディア、その点はとてもさっぱりしていて毎度見ていて気持ちがいい。


料理ブログ「アメリカ・多国籍食堂」もどうぞよろしく♪
最近のメニューはゴルゴンゾーラのペンネケールと葡萄のサラダオムレツカップなどなど。



『黒人コミュニティ、「被差別と憎悪と依存」の現在』高山マミ著
Amazon
ビーケーワン
丸善&ジュンク堂
楽天ブックス
セブンネットショッピング



『ブラック・カルチャー観察日記』高山マミ著 
全国の書店で好評発売中!!
Amazon

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。