パリ18区(モンマルトル)vol.1

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 26.2016 Paris, France パリ
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パリ18区。モンマルトル。
後半ここに滞在したこともあり、モンマルトルが大好きなこともあり、何回かに分けて書きます。


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パリの北に位置する丘。かつてはパリとは独立した農村であり、パリ郊外のブドウ畑だった場所。
150年ほど前から、芸術家たちが整備されてしまった市内を離れ、農村風景の残る絵になる地を求めてモンマルトルに居を移し始める。それがモンマルトル芸術村の始まり。


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20世紀初頭には、ピカソ、モディリアニ、マティス、ゴッホ、ユトリロ、ルノワール、ロートレックら画家を始め、詩人、作家、劇作家などが集まりお互いに刺激し合いながら創作活動をする拠点に。



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赤い風車で有名なムーランルージュ。1889年に誕生したキャバレー。
19世紀末から20世紀初頭、モンマルトルにはパリの税金や規制が適用されないのと、当時丘の上にあった修道院の修道女たちがワインを作っていたことが、モンマルトルが飲み屋街に変わる原因となったという。

ムーランルージュは当時存在した数あるキャバレーの中で、今も現役。ここの踊り子たちの絵は、ロートレックで有名。


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安アパートに住むボヘミアンの根城。キャバレーの集まる歓楽街。
モンマルトルがパリの他の地域とあらゆる意味で異なっていたこと、独特の文化と歴史を築く土台となったことは言うまでもない。

モンマルトルは歴史地区に指定されており、その歴史的景観や特徴を保持するため開発は最小限度しか許可されないため(素晴らしい!)、現在でも昔のままの風景が残されている。


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夜道を歩いていると、猫の窓が浮かび上がっていた。

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このビルの1階には、シャノアール(黒猫)という名のカフェレストランがある。
シャノアールは、モンマルトルにあったフランス初のキャバレー。現在はキャバレーは無くなり、今はその名を残すカフェが場所を移して存在。

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モンマルトルで、パリで一番記憶に残るであろうカフェに出会った。

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朝一番のエスプレッソ。 常連客風のおじさん2人が新聞を読みながら窓辺でコーヒーを飲んでいた。
ツーリストで英語でオーダーをするような客(苦笑)は私一人である。
ここの店のおじさん(ギャルソンではない笑)の対応、物腰は素晴らしかった。無駄がなく、気持ち良く、ツーリストの多い店によくあるような余計な媚もない。営業スマイル的にニコニコしないのに客を気持ち良くさせるって、サービス業の鏡ではないでしょうか。


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そしてコーヒーが美味しかった!
なんて立派なカフェなんだ。。。と感動して、夜にこの店を覗いたら、なんと立派なレストランでした。
隣に魚屋を併設しており、シーフードを出すお店。平日から品の良い年配者たちで混んでいる。若い客はほとんどいない。客にはイタリア系(フランス人)が多く、なんだかマフィアの幹部たちが馴染みの店で食事しているというような、(店の客への態度も、まるでドン・コルレオーネを応対しているような雰囲気)そんなオーラがありました。


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その「マフィアの店」(笑)の並びに、イケメンギャルソンがいるカフェが。


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ここのギャルソン2人は、パリのギャルソンらしいギャルソン、絵に描いたようなギャルソンでした。
背が高くハンサム、動作がいちいちかっこいい。キビキビしていて笑顔も爽やか。

パリのギャルソン達は、自分の仕事に誇りと自信を持っている、というのは見て取れる。
だけど観察していてわかったのは、数えきれないほどあるカフェやビストロで、それほどすごくかっこいいギャルソンというのはいるものではない、ということ(笑) 当たり前ですが、容姿が整った人がみんなギャルソンになるわけではないのだー。



モンマルトル第二弾、次回に続きます。




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