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クラクフ・カジミェシェ地区(1)

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 07.2016 ポーランド
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クラクフのカジミェシェ(Kazimierz)地区。旧ユダヤ人街。
クラクフ旧市街の南西に位置する。


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かつて多くのユダヤ人が住んでいたクラクフ。
中世の頃、西欧各地で迫害を受けたユダヤ人が、宗教的寛容政策をとっていたポーランドに移り住んできたからだ。


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14世紀にポーランド王カジミェシュ3世が、この地にユダヤ人街を建設したことからこの名で呼ばれる。
カジミェシュはプラハのヨゼホフに次ぐ、世界で2番目に大きな貴重なユダヤ文化遺跡の集合体。


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ワルシャワのようなひどい壊滅から逃れたクラクフには、多くのシナゴーグが残る。


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日曜日にシナゴーグに行くユダヤ人たち。カジミェシュ的光景。


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これもシナゴーグ。


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これもシナゴーグ。どれだけ大きなユダヤコミュニティだったかがわかる。


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キッパー(ユダヤ教の男性用帽子)も売られている。
ポーランド語でヤルムルカ(jarmulka)、英語読みヤマカ。


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iPhoneで地図調べているこのツーリストのおじさんも、キッパーかぶってるのでユダヤ人。
さすがこの地区は、世界中からのユダヤ人観光客多し。
このおじさんのようなアメリカ人ぽい人(多分)は、普段の生活でユダヤの慣習に従ってなくても、観光でシナゴーグを訪れる時に「一応私もユダヤ人です」ってサインで被る人多いです。



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イスラエルからの観光客はかなり多いと思われ。
ポーランドに住んでいた大半のユダヤ人は、戦後イスラエルに移住。しかし、何かイベントがあるとクラクフに集う。


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戦前ののクラクフの人口は約25万人。そのうち4分の1はユダヤ人だった。
クラクフに6万4千人いたユダヤ人は、現在わずか2〜300人程度。
ナチスの目標通り絶滅には至らなかったものの、結果的にはポーランドからは完全追放に近い形。戦後、自分らの意志でイスラエルやアメリカに渡ったとしても。


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多くの人は、どんなに震災があろうとも、一時的避難の後にまた自分の土地に戻ろうとする。先祖代々生まれ育った思い入れのある土地を、そうそう捨てることができないのだ。
14世紀から600年にわたり、「ユダヤ人のクラクフ」とも呼ばれるくらいに大きな自分たちのコミュニティをここに築いてきたユダヤ人たちが、戦後戻ることをしなかったわけ。。。。。 それは震災ではなく、人間が起こした戦争だったからだ。
前代未聞の民族の虐殺が行われた土地を、どう信用して安心して居住することができようか。同胞以外を信じることは、容易くなくなる。


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ポーランドには寛容の精神がある。異なるものに排他的でなく、受け入れる精神。
それを体現したユダヤ・コミュニティが破壊されたのは、ポーランドにとっても悲劇なのだ。


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左の壁の中は、16世紀からあるユダヤ人墓地。


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「シンドラーのリスト」で、クラクフのユダヤ人墓地の墓石を、路面の舗装用敷石に使うシーンがある。
ナチスにその墓石を敷く仕事をさせられるのも、ユダヤ人たちだ。


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この地区にあるユダヤ料理の店。
ワルシャワゲットーの記事で書いた、イスラエルのアリエルという男の子と同じ名前のレストランだったので、ここに入る(笑)



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数あるレストランの中で、とっさに選ぶ時の理由って、まあこんなものです。
彼(アリエル)は今どうしてるんだろう? しばらく文通をしたりしていました(文通です!メールのやり取りなんてなかった時代!)
無事に過ごしているといいんだけれど。


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マッツォ・ボールスープ。これ、たまにすごく食べたくなる。


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魚(ティラピア)のフライ、レモンソースがけ。
この日お米を久々に食べたので嬉しかった。美味しかったです。


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カジミェシェ地区の通りでトラムを降りた時、とりあえず場所を確かめようと地図を見ていた。
するとすぐに声がかかり、男性が「今どこかわかりますか?」と聞いてくれた。
「大丈夫です、ここ●●通りですよね?」
男性は仕事に行く途中だったのか、その後さっと通りのビルへ姿を消した。
何気ない思いやり。他人を気にかけるポーランド人。
写真を整理していると、こんなこともあったなあ、と、色んなことを思い出す。


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次回は、ヴィスワ川を渡り、クラクフゲットーのあったポドグージェ(Podgórze)地区です。
クラクフ日記続きます。




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