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アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 08.2016 ポーランド
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クラクフからバスで約2時間のところにある、アウシュビッツ。
アウシュビッツはドイツ語だが、ポーランド語でオシフィエンチム。

ARBEIT MACHT FREI
「労働すれば自由になる」と記された、収容所の正門。


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正確には、ここはアウシュヴィッツ第一強制収容所。
短期間で多数の囚人が収容されたために手狭になり、隣にアウシュヴィッツ第二強制収容所(ビルケナウ)を作った。
この両方を合わせると敷地はかなり広く、第一から第二収容所まではバスを利用しないといけない。
まずここは、第一収容所。


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ホロコーストの代名詞とも言えるアウシュビッツ。
ドイツの「アーリア人至上主義」に基づいた民族浄化の「モデル施設」。
民族浄化のために邪魔なのは、ユダヤ人、政治犯、ロマ(ジプシー)、同性愛者、精神障害者、身体障害者、捕虜、聖職者、そして彼らを匿った人たち。出身国は28ケ国。ユダヤ人が90%を占めた。
労働に適さない女性、子供、老人、さらに「劣等民族」は即処分。
労働に適する肉体を持った人たちも、使い捨て。
ピーク時の1943年には、アウシュヴィッツ全体で14万人が収容されている。


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ガス室で使用されたツィクロンBの空き缶の山。


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収容所で没収された囚人たちのスーツケース。
「帰る時まで保管」という名目で、スーツケースに名前を書かせた。囚人たちに「いつか帰れる」と思わせておくことは、反乱を避けるために必要だった。


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囚人たちの食器。


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囚人たちがスーツケースに詰め込んできた髭剃りブラシ、歯ブラシ。
毎日髭を剃るような生活を送れると信じてやってきた彼らの希望が悲しい。


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靴墨。
革靴を磨くような生活もここに来るまで想像していたことを思うと、やりきれない。


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靴磨き用ブラシ。

洋服、靴、化粧道具、家族写真、絵画、、食器、ジュエリー、時計、ダイヤモンドに至るまで、すべて種類ごとに仕分けされ、貴金属やダイヤモンド類は監視付きで鑑定士に判別させた。
驚くのは、歯ブラシや靴墨に至るまで、細かくきちんと仕分けされている点。多い時は3ヶ月で10万人を超える人がやってきた。その莫大な量の荷物を、ナチスは神経質なまでに分類しているのだ。
貴金属は金、銀など種類ことに重量を記録。現金も貨幣ごとに記録。
貴金属に限らず、服や身の回りのものも事細かく日付入りで量を記録。
彼らは生真面目に自分たちの犯罪をせっせと記録わけだ。悪魔の収穫の記録。
戦後、自分たちで作った記録が揺るぎない犯罪の証拠となるわけで、人間には「完璧な仕事」ってないのだな、と思わざるをえない。


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処刑の壁。
刃向かった者だけが処刑の対象になるわけでなく、「こうしていれば殺されないで済む」というルールは全くなかった。
囚人の命は、全てナチスの気まぐれに委ねられていた。


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ガス室。
マイダネク(ルブリン強制収容所)のガス室は、囲いもガラスもなくて、床のすのこの上をそのまま歩いて中に入れることができた。だからすごく勇気が要り怖かった。
アウシュビッツのガス室は、フェンスの外から見る。訪れる人の数が違うので、この「立ち入り禁止」的処置は当然なのだが、その分見ている側と展示物に距離がある。
マイダネクは囚人の靴の山もむき出しで、ガラスで覆われているわけでないので、年月を超えたカビ臭さとホコリの匂いまでそこに漂い、それはリアルだった。
アウシュビッツの靴の山はガラスウィンドーの中にある。いくら透明でも、ガラスウィンドーって向こうとこちらをこんなにも遠ざけるものなんだ、と感じた。五感のうちの臭覚一つが使えないだけで、こんなにも感じ方が違うのだ、と思った。


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ガス室のすぐ横になる焼却場。
死体の山はユダヤ人のゾンダーコマンドによって運ばれ焼却された。
ゾンダーコマンドとは、ナチスが強制収容所内の囚人によって組織した労務部隊。部隊にいた囚人のほとんどはユダヤ人で、主な仕事はガス室などで殺されたユダヤ人(同胞)の死体処理。
ゾンダーコマンドの命や必要性は、彼らがどれだけ効率的に死体処理を行うことができるかによって定められていた。また、彼らはナチスの大量虐殺を認識しているので「秘密保持者 」とされており、ガス室に送られるユダヤ人以外の囚人達からは完全隔離されていた。にも関わらず、外部への情報漏えいを防ぐため、ゾンダーコマンドのほとんどは3か月から1年以内にガス室に送られて殺戮され、新しく連れてこられたユダヤ人が代わりとなっていくという仕組みだった。


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この3日前に、マイダネク(ルブリン強制収容所)を訪れていた。
今から考えると、短期間で2つの強制収容所を訪れるなんて、精神的にしんどいことをしたと思うが、ポーランドに住んでいるわけでないのでこのプランもやむをえない。


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マイダネクに比べると、アウシュビッツはあまりの人の多さに驚いた。ガイドと団体グループがひっきりなしに歩いていく。学校からの生徒も多い。さすがは知名度の高いアウシュビッツなわけで、世界中からやってくる。


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多くの人がここを訪れることはいいことなのだが、混んでいるとどうしても、展示物を見ている時に集中力が遮断されてしまう。
ここをじっくりと、そこにある気配を掻き消されないで見て回るには、オフシーズンとか悪天候の時を狙うしかないのかもしれない。真冬のマイナス10度くらい(!)の時の平日とか、確実に外に出ることを避ける層が多いはずなので、もし再度訪れる機会があるのならば真冬かなあ、と思う。


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アウシュビッツ第一収容所の後、ビルケナウへバスで移動。


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映画にもよく出てくるアウシュビッツのシーンはここ。
各地から列車で囚人たちがここに到着し、まず降ろされる。
何日間もの立ったままの状態の移動なので、すでに列車内で死亡している人(夏は脱水、冬は凍死)、病人もおり、ここでまず囚人の「仕分け作業」が行われた。労働組と不要組に。



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使われた貨物列車の一部。


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世界最大の絶滅収容所で思う。
ナチスドイツの残虐行為から、我々はもっと想像力を膨らまさないといけない。
我々誰しもが、ユダヤ人や他の囚人のようにいつなんどき犠牲者になりうる恐れがあるのと同様、残忍な行動ができる人間にも誰もがなりうる可能性があるということ。
ユダヤ人たちが他人事でないのと全く同じように、ナチスだって他人事じゃない。
自分の世界とは関係ないと呑気に眺めることは、単におめでたいだけ。


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残虐な人間だけが、残虐な行動を起こすわけではない。
大量殺戮を犯す目的で組織に入るのではなく、結果的にそういう組織に自分が染まっていくのが大半の人間。
「制服に憧れた」「エリート意識を刺激された」。。。こんな理由で、学校やクラブに入る人って結構いるだろう。SS(親衛隊)に入隊した若者だって同じだ。
「自分は選ばれた」。。。優越感を簡単に持ってしまう人は多い。ナチスはその優越感を刺激して、若者の心理をコントロールしたのだ。
当時のSSらの写真を見ても、堂々と制服を着て胸を張って歩くことが、相当気持ちよかったんだろうなあ、って想像出来る。

純真さ、生真面目さ、勤勉さ、熱心さ。全部親衛隊になる若者が持っていたものだ。


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残虐なナチス党員の中に良心を持った人物がいたように、善人に育てたはずの自分の息子が殺戮を繰り返す人間になることもある。
何かがひっくり返るきっかけなんてちょっとしたことで、幾つかの条件とボタンを掛け違えてしまうチャンスが訪れてしまうと、誰しもが信じがたいことをしでかしてしまう。
「自分は違う」「自分の子供は違う」「自分の恋人は違う」。。。。と、自分のことを含め過信しないことは大切だ。アウシュビッツは「ガラスの中の展示物」ではない。それに気づくこと。これが一番、アウシュビッツで学ぶべきことなんじゃないか、と私は思う。
ナチスが、ではなく、人間は残虐なのだ。
それは、今でも世界中で起こっている戦争が、内紛が、テロが、無差別殺人が、いじめが、ネットでの誹謗中傷が。。。。物語っている。


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死体の数が多すぎて、焼却炉が追いつかない時は、この溝に放り込まれていた。


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ソ連軍の接近を察知して、SSにより破壊されたガス室のあった複合施設(クレマトリウム)の破壊跡。
自分たちがしていた残虐行為をなかったことにする。。。。。 してきたことが「正義」だと信じられるのなら、こんなことはしなくていい。敗戦間近になって追われる立場になると、自分らの極悪非道な行為に気づき怖気付くのか。ああ、愚か。


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「アンネの日記」のアンネ・フランクと姉のマーゴは、ここアウシュビッツに収容された後、母と引き裂かれてベルゲン・ベルゼン収容所に連行され、そこで死亡。
アウシュビッツに連行されてから死亡まで、5ケ月から6ヶ月。これは、強制収容所における平均寿命である。

アンネは15歳で亡くなったが、同じ年頃16歳の女の子の双子の囚人の写真がアウシュビッツにある。最初の頃ナチスは、収容された囚人全員の写真を撮り、生年月日、収容日、死亡日をこれまた細かく記録をつけていた。だが送られてくる囚人が毎日あまりに多くなりすぎ追いつかず、途中でそれはやめたようである。
その16歳の双子の写真が目を引くのは、写真の中で笑っているから。アウシュビッツという非日常の中を歩いていて、怯える暗い顔をした囚人の顔写真ばかりの中、笑顔というのは異様なのだ。
だからつい、この笑顔の意味を考えてしまう。写真を撮る親衛隊が、「はい、笑って」とでも言ったのだろうか。一瞬でも、安心できる雰囲気がそこにあったのだろうか。
この双子も、収容後半年で両方亡くなっている。


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数ある強制収容所の多くは、その後取り壊され、証拠隠滅に整地し直して農民を住まわせた場所もある。あるいは放置され、森の中に線路だけが残っている場所もある。復元され、このように人が訪れることのできる収容所は数少なく、これらは存在した中のほんの一部。
人間は、目に見えないものを忘れてしまう習性がある。残っていない物は、「もともと無かった物」と信じたい人もいる。
アウシュビッツは、今は形も残らない各地にあった収容所の代表としての意味がある。


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