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日曜日のアーミッシュの村

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 27.2010 アーミッシュの村
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アーミッシュの生活は信仰と共にある。
日曜日は礼拝の日であるが、アーミッシュの村には教会という物は存在しない。

教会の代わりになるのは人々の家で、順番でコミュニティ内で場所を提供する。
家と言っても集会所になるのは納屋などある程度の人数を収容できる広い場所。

日曜日になると、集会所になる家の子供たちが椅子を並べ、バギーに乗った人々が次々に集まり、年配者が説教をする。
そして賛美歌を歌うのであるが、楽器を一切禁じられている彼らはオルガン演奏も無いので、歌声だけである。


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彼らは偶像崇拝はしないので、カトリック教会のようなキリスト像も、マリア像も無いし、絵もステンドグラスも無いし、十字架も無い。
教会という物も存在しないし、聖書だけという非常にシンプルな世界。
日曜日は、聖書を片手に歩く人に沢山すれ違う。

高等教育が禁止されているように、アーミッシュの子供は絵本も小説も読まない。
読むのは唯一聖書である。


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礼拝帰りの、若いカップル。 まだ結婚前であろうか。 結婚したてであろうか。

アーミッシュの若い人はデートという物をしない。
年頃になりある程度お気に入りな相手が出来たら、男性が礼拝帰りなどに女性に結婚の申し込みをする。
それで返事をもらえたら結婚。 大きな結婚式も無い。

離婚はアーミッシュの掟に反する。
離婚するならば、夫婦ともアーミッシュのコミュニティを離れなければならない。非常に大きな決断となる。
離婚すればもうアーミッシュではなくなるのだ。

一般社会よりもそういう問題は少ないアーミッシュではあるが、なんせ10代や20歳そこそこで結婚するのである。稀に、どうしても合わない相手だった。。。。という場合だってある。人間なのだから。
アーミッシュは神ではない。パーフェクトな人間たちでもない。
飲酒は宗教上の理由で飲まないので、アルコール中毒などの問題は無いのだが、家庭内暴力などは無い事は無いらしい。
そういう場合は、やはり離婚されるか、暴力を起こした方がアーミッシュ社会から追放されるのであろう。

アーミッシュコミュニティを去って行った者たちへの態度は、冷たいとも言えるほど。
家族として長年暮らしても、去って行った者の話をする事も禁じられているし、「最初から居なかった者」と葬られる。
彼らは写真も撮らないし絵も描かないので、イメージという者は残らない。

アーミッシュをやめた者だけでなく、死んで行く者のイメージも一切残らない。
考えてみれば、昔はどこの世界も写真なんて無いのだから、そういうものだったのだ。
死者の生前の写真を飾る事も無かったし、写真やビデオを見て思い出に浸る事だってしなかった。
その時代と同じ事を、アーミッシュはやっているだけ。


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皮を剥がされ、解体前の牛と羊か山羊が、家の軒先にぶら下がっていた。
牛の方は、ビニールで覆って血抜き中。

彼らは食べる物は基本的に自分たちで育て、自分たちで頂く。
植物にしても動物にしても、育てた命をもらって生きる。
生活の中でそれを全部やるというのは一番基本であるが、現代社会では一番難しい事。

食に対する感謝や祈りは、こういう中で育つとごく自然なことなのだろうな、と思う。




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