ゆとりですがなにか

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 05.2017 映画&ドラマよもやま話
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近年はドラマの配信サービスがとても便利になって、昔は完全に諦めていた日本の作品をさほどの時間差なしで観ることが夢でなくなった。いやー、便利な世の中だ。
ところで、実は日本で生活していた学生の時も、働いていた頃も、私はテレビドラマシリーズというものを全くと言ってよいほど観たことがなかったのだ。なぜならば、毎週決まった時間に1時間、そのドラマのために家にいることは不可能な生活をずっとしていたし、録画するにしても、その録画した番組を観るために時間を空けなくてはいけないことは同じことなわけで、そんなことは無理だったのだ。ドラマというのは1話空けてしまうと面白くなくなるし、そういうわけで10話とか11話を通して観ることなんて私の生活の中ではとても難しいことなのであった。他のことに夢中になっていたこともあるが、テレビドラマに大して興味を持ったこともなかった。
映画の2時間なら観れる。だけど、テレビドラマの1時間x10話は無理なんよー。。。。ってこと。

ここまで前置きが長くなったのは、そんな私が1話から10話まで1日半くらいで年明けの休日にはまって観たドラマが、宮藤官九郎脚本の「ゆとりですがなにか」。
ちょうど去年帰国した春にこのドラマが話題になっていて「面白いんだよ」と耳にしていた。1度だけ実家のテレビでちらっと観たが座る時間もなく、出演者の顔ぶれも全くわからなかった。岡田将生も、松坂桃李も、安藤サクラも、全然名前も聞いたことないし顔も知らない人だった。唯一柳楽優弥だけは子役の時の映画を観ていたので、「へえ、こんなに大きくふてぶてしく(笑)なったんだ」なんて思っていた。

観始めたら、あまりに面白くて次から次に。次が待ち遠しい。いや、待てないから一気に観ちゃおう。。。。こんなに楽しいなんて。年明け早々、お腹抱えて笑いすぎた。
テーマも脚本も配役も素晴らしく、あー日本の芸能界は今才能溢れるホットな時代なんだなあ、と感心した。私が知らない間に、恐ろしいほど若くて上手い20代の俳優が沢山いる。才能あっても油断していたら自分の立つ場所はすぐに無くなってしまう、真剣勝負でお互いに戦っている様子が、このドラマのキャストを観ただけでも想像できた。

ゆとり世代が社会に出た時に、日本にいる友人らが自分たちの職場に入ってきた彼らのことをなにか言っていた記憶はある。だけど個人的に、日本のゆとり世代とは私は関わっていないからわからない。
いや、関わっていたことはある。87年生まれの「ゆとり第一世代」もそのあとの「どっぷりゆとり世代」たちにも。当時彼らが小中学生だった頃、私は塾で英語を教えていた。塾というのは学校教育のフォローだが、来年度から週休二日制になるという時に、うすーくなった学校の教科書を見せられ唖然とした記憶がある。信じられないほどに薄っぺらい。文字も大きい。学習塾なら1ケ月で終える内容を、学校では1年かけてやっていくというのか。今まで入っていた文法も削られる。2年生でやっていたことは3年生で。それは他の教科でも同じで、同じ塾の数学講師も頭を抱えていた。
ただ「ゆとり教育」とは言っても、都内では逆に今後土曜日塾産業は忙しくなるよ、という時代でもあった。週末塾に通わせる経済的余裕のある家庭と、そうでない家庭の子供たちの学力や意識の差が、同じ都内でも今後大きく膨らんでいくのだろうな、と。

ドラマの中の、私の知らない「社会に出たゆとり世代たち」が新鮮だった。ドラマなんだし、「ゆとり」でひとくくりにできないのはわかってはいるが、どの時代の若者もいつも「ひとくくり」にされてきたものだ。
個人個人が違っても、他の世代から見ると共通点があるらしく、またきっとあるものなのだ。ひとくくりにされる側はたまったものじゃないが、世代世代を比べて見れる年になってくると、それは明らかなのだ。
人間は社会的な生き物だから、生まれ持った才能や性格、育った家庭環境の違いは大差あっても、時代に少なからず影響される。いや、かなり影響される。同じ時代を共有するものは、どこか共通点がある。それはおそらく、別の世代にしかはっきり見えものかもしれない。

ドラマに出てくる、ゆとり世代の親世代にあたる「レンタルおじさん」が面白い。バブル絶頂期に就職組の1961年生まれ。自ら「俺ら、火照り(ほてり)世代だからさ」と言う(爆)。
学生の頃からお金を湯水のように使い、将来悲観することなど知らずに青春時代を過ごした世代。その後バブル弾けたり、不動産弾けたりして金銭的に打撃食らった人も多いけれど、若い時にチャラチャラしてた世代って、いつまでもチャラくさい(笑)。これは本当で、彼らは年をとったからって地味になるわけでもないし、年齢らしくおさまったりしないんだよね。「バブルをいつまでも引きずっている」って下の世代からは言われるけれど、これは時代に育まれてしまった「性質」ですから(笑)。
ドラマって、真実に近くないと面白くないからね。火照り時代のこのおじさん、本当にいるから面白いんだよ。

1987年生まれのゆとり第一世代がもう今年30歳なるという。
そして「どっぷりゆとり世代」がどんどん社会に進出してくる。
彼らが40、50になった頃、どんな大人になるのだろう。そしてその頃、どんな若者が育ってきているんだろう?

簡単に言えば、「ゆとりだけど頑張っているよ」ってドラマだけれど、あえて簡単に言えば、若者はどの時代も「それなりに」頑張ってはいるんだよね。
戦後世代も物がない時代にがむしゃらに頑張ったし、全共闘世代だって怒りを持って頑張った。
バブル世代はゆとり教育の正反対の詰め込み教育の中で子供の頃から戦ってきた世代だ。成績、偏差値、受験戦争。お金があっても職があっても地獄はたくさんある。
そして「ゆとり」だって大変なんだよね。何かにつけて「これだからゆとり世代は」って言われてしまう彼ら。
どの時代の若者も、「今時の若者は全く。。。。」って必ず言われて育ったものだ。それは時代ではなく、経験値の少なさゆえの未熟さから。上の世代は、扱いづらい若い生き物が怖いから、「これだから。。。」って片付ける。
若者って怖いんですよ、いつの時代も。それは時代の違いとは関係なく、年齢特有の焦りを持っているから。20代から30代に移り変わる頃特有の焦り。このままでいいのか?という焦り。将来が見えない焦り。自分は頑張っていないんじゃないか?という焦り。
焦っている生き物って、はたから見るとどうしようもしてあげられないから怖い。もがく生き物は、爆弾抱えているようで怖い。
もがきも焦りも叫びも落ち着いた頃、「ああ大人になったんだな」って思えるんだけど。

時代の差が産む世代の違いと、いつの時代にも共通する若者のもがき。
それがしっかりと描けていたから面白かったし、どの世代が見ても楽しめるドラマだったのだろう。
これは「ゆとり世代」を描いた名作ドラマとして残るだろう。20年後、30年後に観て、「へえ、あの時代の若者ってこんなだったんだー」って思うのだろう。
その頃、一体どんな20代がこの世の中にいるのだろう?って想像もつかない。

若いうちは「こうするべき」「こうあるべき」という「正しいこと」なんて一つもない。そんなこと誰ももう言えない。戦後のたった半世紀だけでも、同じ日本人であるはずの価値観が大きく揺らいで動いて変わってきたことを誰もが知っているから。
そして「誰にも何も言ってもらえない」「価値観を押し付けてくれる大人が周りにいない」ってことは、それはそれなりに厳しいこと。壁もないところでもがくより、何かしら当たり散らす壁があった方が生きやすい。だったら壁は自分で見つけよう。思いっきり当たったら、受け止めてくれるはず、いつの世でも自分よりも大人の世代たちは、きっと。


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