今日の桜との会話

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 13.2017 花&植物
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近所のたった一本の桜開花からあっという間に次々に花が咲く。


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昨日、今日と、わずか20分ほどの逢瀬であるが、「元気かしらー?」と会わずにいられなくて会いに来る。


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この桜の下に誰かいたりするとガッカリする。「私の桜」のはずなのに。なんだ?この独占欲は。恋心ですね。
独り占めしたいわけ。


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この桜がうちの近所の公園に植えられた時、「なんでシカゴに桜?」と思った。それまでシカゴには桜の木などなかった。
私の住んでいる界隈には日本人もいないので、私のために植えてくれたと思わずにいられず。


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実際に、植えられた7〜8年前の当時、「あ、桜の木だ」とすぐにわかった近所の住民は私くらいのものだったと思う。
桜の花を見ていると、よく人から「これはなんの花?」と聞かれた。シカゴの人は、実際に桜を見たことがない。ワシントンの桜の映像をテレビで見て知っているくらいだ。


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植えられてからずーっと、時に咲く前からチェックを入れたりしながら、咲き始めたら連日この桜に会いに足を運ぶ熱心なファンも私くらいだと思う。
だからこの木とは、心が通い合っていると勝手に思っている。
それだけに、この枝におもちゃの縄がかけられていたり、子供が飛びついて折ったのか枝が地面に落ちていると腹立たしい。
「私の桜は無事かしら?」と、気が気でなくなる。


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そして、訪れた時にそばに誰もいないとホッとする。
あー、独占できるー。桜と思う存分会話できるー。


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ま、桜は私のことなんてなんとも思ってないんですがね。はい、桜の手のひらでコロコロ転がされております。転がっています、私。


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昨日、偉大な芸術の話に触れた。
最高レベルの芸術というのは、裏にどんな痛みや産みの苦しさや努力や迷いがあろうが、完成された作品にはそれが見えない。
「いとも簡単に生まれました」という顔をしている。
羽生くんのスケートにしても、あの美しい完璧なジャンプの裏の痛みやもがきなど絶対に見えない。簡単に跳んでいるように見える。
ゴッホの絵だって、生活の苦しみや悲しみはあれど、キャンパスの上の筆の流れには一切の迷いがない。

桜の花も、ものすごいエネルギーで咲いている。
このピンクを作り出すのも、木には負担がかかることで、そのエネルギーを冬の間ずーっと蓄えている。


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桜は、花がないと実に地味な木だ。そこがまたいい。

もし私がお城に住んでいて(笑)、大庭園にバラか桜かどちらかを植えていいというお許しをもらえたら、私は迷わず桜を選ぶだろう。 「1年に1週間しか花の期間がないじゃないか」と言われようが、絶対に桜を選ぶ。
城が和風だろうが洋風だろうが、バラではなくて桜が欲しい。

桜がもし西洋の植物だったら、何百年かけて、花をもっと持たせる品種に改良されていただろうな、と思う。「たった1週間しかこの美が持たないなんて勿体ない。品種改良せよ」とどっかの王様が命令を出す。そして、「おかげで桜の花は、1ケ月もの間、楽しめるお花になりましたとさ」

ああ、桜が日本の花でよかったー。
わびさび分かる日本の花でよかったー。
短い命の儚さや、散り際に美を感じる日本の花でよかったー。


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そんなこんなを今日は桜とお話ししてきました。


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