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ダビデ像

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 18.2017 思うこと/考えること
davidezo1.jpg


ダビデ像。
いろんな芸術家の作品があるけれど、ここで言うのはミケランジェロのあのダビデ像。
「ダビデ」と聞いたら、あのダビデが一番先に思い浮かぶ。

フィレンツエのアカデミア美術館で、一番最初に本物を見たときはまだ私は20代だった。
明らかに、現在あのダビデ像を崇拝するほどには、崇拝できなかった。
何故ならば、自分がダビデに近い年齢で若かったからだ。
女だし、男の肉体を自分が持っていなくとも、若さゆえの美しさを自らが持っている頃、あのダビデを本当に「特別なもの」とは見れない。あの筋肉美さえも、まだそこらへんに転がっているものと思ってしまう。ダビデまででなくとも、綺麗な筋肉を持った男性たちは周囲にたくさんいる。

ダビデ像はミケランジェロが37歳の時に彫り始めた作品。
男が、同性である男の肉体美を崇拝し、命を吹き込んだ作品。ミケランジェロがまだ若く、20代だったらあの完璧さは表現できなかったのではないか。非常に細かい筋肉の動きや静脈の描写。ミケランジェロという男は体も大きく逞しく、多数の大掛かりな作品を残した健康にも恵まれた人だ。若い頃から自分の才能をよく熟知し、自負した生意気な若造でもあった。そんな男こそ、30半ばを過ぎた時、以前持っていた肉体の衰え、筋肉の衰えに気づく。肉体美というのは、永遠ではないことを思い知る。
人間は、衰え始めてこそ、失い初めてこそ、完璧なる美への賞賛が大きくなる。失い始めたミケランジェロだからこそ、そして、外観は衰え始めても体力的にはまだ血気盛んだった30代のミケランジェロだったからこそ、5mを超える力強いダビデ像を彫ることができたのだと思う。

ダビデよりもずっと若く体もできていない年齢であの彫刻を見ても、きっとピンとこない。
ダビデと同年齢の男性は、あのたくましい体に憧れを持つだろう。
そして自分がダビデよりもずっと年を上回った時、あの彫刻を見ると、何故あの作品が賞賛されて、何故そんなに特別なものなのかがよくわかる。
肉体美は儚い。儚いけれど、古代ギリシャの時代から、男たちは体を鍛えていた。現代のジムで人々は体を鍛えるが、もっと原始的な方法ではあるが同じような形でギリシャの男たちは体を作っていた。
何故ならば。もちろん、戦いに挑むためという理由もあるが、彼らは肉体美を崇拝していたから。儚い美だと知っていたから。それゆえ肉体は挑戦だと認識していたから。

体を意識的に鍛えている人間こそ、あのダビデ像を敬うだろう。
頑張って鍛えても、あのような肉体には簡単になれないことを知っているから。
あの肉体美は、まず美しく整った骨格の持ち主でなければならぬ。その骨格の上についたたくましい筋肉。その筋肉を守る薄い脂肪。あの体を手に入れるには、たゆまぬ努力と、健全な精神がなくてはならず。
ダビデ像が持つ鋭い眼差し、緊張感。戦いに挑む直前の、ふっと息を吐いて緩ませる筋肉と、力の入れ具合のバランス。あの肉体を持つ男のそれまでの、体が経験してきた記憶と結果が全身に表れている。肉体はそれまでのその人の生き方を如実に表す。

現代では、クリスティアーノ・ロナウドの肉体は一番ダビデに近いでしょうかね。生きるダビデ像(笑)。
ただ鍛えただけの体には緊張感がないけれど、現役アスリートたちの体にはダビデのような緊張感がみなぎっている。
クリスティアーノの肉体は、戦うために惜しむ間も無く鍛え上げたプロの体。彼も骨格が非常に美しい。彫刻家は彼をモデルにしたいでしょうねえ。彼の肉体は、テキトーな銅像になるんじゃなくて、ミケランジェロみたいな芸術家に彫ってもらうべきであります。


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