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アーミッシュの学校

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 25.2010 アーミッシュの村
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アーミッシュの村の中には、学校が多い。
農地が広いので、農家というのはポツポツで隣と隣の距離がすごく空いているのに。その割に、学校の数が多い気がする
一所帯の子供の数が多いのもあるし、一つ一つの学校が小規模なのも理由であろう。
少子化問題もアーミッシュのコミュニティには無縁だし、学校が廃屋になる心配もない。
写真は、平均的なサイズの学校。
中には、もっと小さな小屋みたいな学校もある。


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アーミッシュの教育期間は8年間のみ。
高等教育は基本的に禁止されている。なぜならば、人間は勉強して余計な知識を身につけると傲慢になると信じられているから。
8年のみの学校教育で、アーミッシュの生活には十分だとされている。

彼らは生活の中では、ペンシルベニアダッチという高地ドイツ語の一派の方言を使う。
これはドイツ人が聞いても理解出来ない言語であり、現在はアーミッシュたちだけが操る言語とされている。
彼らがこの言語を話し続けるのは、外の世界との間に壁を作るため。外の人間(イングリッシュ)を元々信頼していないため、イングリッシュたちが分からない言語を持ち続けないといけない。

数百年と同じ生活をこのアメリカで維持し続けるのなんて、普通は大変なことである。ちょっと行けば一般人が住むエリアがあり、現代アメリカの文明が溢れているのである。
頑固な精神が無くては、この生活やコミュニティは守れない。
外の世界と完全遮断する固い決心も姿勢も、平和的な彼らの中にしっかり存在する。

だが、「外の世界」とのコミュニケーションのために英語は必要。
学校に入ってから英語は習う。
ちなみに、8年の学校教育でしか英語は教わらない彼らだが、大人たちも高学年の子供たちも皆流暢に英語は喋る。
ドイツ人が話す英語の訛りにちょっと似た、ペンシルベニアダッチ訛りの英語であるが。
しかしテレビから入る英語は当然無いので、スラングも無いし、子供の英語も一般アメリカ人の子供たちが話す英語とはかなり違う(一般アメリカ人の子供の方が、余程分からない英語を喋る)。
なんだか逆に落ち着いているというか、お行儀のいい英語なのである。


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生徒たちは徒歩や自転車で通学する。夏には裸足で通学する子供も沢山居る。

これはバギー(馬車)や馬用の舍であるが、学校が使われていない時はコミュニティの集会所などにも使用されるから。
彼らの建物は全て多目的用。 室内は至ってシンプルで余計な物は一切無いから、何にでも使われるのである。


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これは男子用のトイレ。トイレは外にある。


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これは井戸ポンプ。 もちろん健在。

手を洗ったりするのはこれ使用。 果たして飲み水にもなるのだろうか??


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これは結構大きい方の学校。
訪れたのは日曜日なので誰も居ない。

以前訪れたときは平日だったので、この校庭に賑やかに子供たちが遊んでいた。
クリケットと野球の混ざったようなスポーツを、男の子も女の子も一緒にやっていた。

フェンスの外からしばらく見ていたのだが、ベルが鳴って皆教室に戻って行った。
すると窓の中から子供たちがこっちを見ていて、手を振ってくれた。
あ。。。ちゃんと校庭からこっちも見られていたのね(笑) 

アーミッシュの子供たちは、大人たちからきちんと「外の世界との接し方(干渉しないこと)」やアーミッシュの掟を教わっているので、大人たちと同じように一般人に興味をしめしたりはしない。
違う格好の人たちが車に乗って生活していても、なんら関心を示さない。
世界を旅するとやたらとフレンドリーで、旅人にわあわあ言って笑顔で群がる子供たちが居る国もあるが、決してそんな事は起こらない。
子供のうちから、しっかり外の世界との間に境界線を引いているのである。

だからと言って無愛想な訳ではなく、すれ違うと挨拶をきちんとする所は大したものなのだ。
子供というのは、躾によってこんなに出来がよくなるのね。。(笑)と、行儀が悪くてうるさい多くのアメリカの子供たちを見慣れると、心から深くしみじみ思うのである。
アーミッシュの子供たちは、大勢で公の場に居ても、本当に静かである。


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Jeanne d'Arc Photography








映画の中のアーミッシュ

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 24.2010 アーミッシュの村
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アーミッシュの家の中でも、とても小さなおうち。
アーミッシュは20歳になる前に結婚する事も多く、家庭を持つと8人~10人の子供を持つのは珍しくない。
なんせ人手が農作業に必要なのである。 昔の日本の農民がそうだったように。

この小さな家は、結婚したての子供の居ない若い夫婦の家であろうか。
家の前にバードハウスが2つ立っている。 アーミッシュの家にはよくある。

そういえば、映画「目撃者(刑事ジョンブック)」の中でも、このバードハウスが描かれていた。
事件の関係でアーミッシュの家に潜伏している、「一般人」の刑事ジョン・ブックは、アーミッシュの未亡人の居る家庭の納屋で壊れたバードハウスを見つける。
男手の居なくなった家では、それを修理する人も居ない。
ブック刑事は、犯人に打たれた傷を癒す間に、そのバードハウスを直すために大工仕事を始める。

彼とアーミッシュの未亡人の間に恋が芽生えるのであるが、それは境界を超えてはならない恋。
一般人と恋に落ちたら、彼女は一生アーミッシュの世界から追い出され、二度とそこに戻って来る事は出来ない。
だから2人の間にはためらいがあり、何も起こらない。

事件が解決し、刑事ブックがアーミッシュのコミュニティを出て行く時が来た。
その時に、直したバードハウスを彼女の家の前に立てて行くのだ。 お別れの印として。


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私がアーミッシュを知ったのはこの映画だった。
文明社会のこのアメリカで、そんなプレーンな生活をしている人たちが居る事が信じられなかった。

それから随分経ってアーミッシュの村を訪ねるようになってから、あの映画は「アーミッシュにとって侮辱の映画」と言われている事も知った。
アーミッシュの事を知れば知る程、やはりあり得ない。。。。あの映画の中のような恋愛は。あれはお笑いである。
何故なら、アーミッシュの人たちは、「一般人(彼らは、アーミッシュ以外の人たちのことをイングリッシュと呼ぶ)」との間にきっぱり線を引いており、あんな短期間の間に異性として相手を見るなんて考えられないからだ。

買い物などで「イングリッシュ」たちと接する事はあっても、彼らの生活の中にイングリッシュは居ない。生まれた時から大人になるまで、厳格にアーミッシュの人たちだけと過ごす。
アーミッシュ以外の人たちがアーミッシュの文化に興味を持つ事は多いが、アーミッシュが外の文化に興味を持つ事は無い。

外の世界に興味を持った場合は、コミュニティから出て行くしかない。一生。
出て行った者は、コミュニティ内では「存在しない者」として葬られ、語られる事も無い。完全無視なのだ。
アーミッシュは大家族であり、両親以外の大人たちからにもお世話になって育つ。兄弟姉妹も従兄弟も従姉妹も多い。
そういった関係を、一切捨てる覚悟が無ければ、アーミッシュをやめる事も簡単ではないのだ。

それなのに、あのアーミッシュの女性は、小さな息子が居るにも関わらず、刑事ブックに色目を使う(あり得んっ!)
自分はどうなってもいいが、自分がイングリッシュと恋に落ちたら1人残される息子はどうなるの?
そんな無責任きわまりない母親が、アーミッシュ社会に居るなんて思えない。

まああれは映画なので、サスペンスの中に「禁断の愛」を含まないと面白くならないからで仕方が無い。。。が、あまりにひどい。

ただ、その「あり得ない恋愛」の箇所を抜かしたら、よく描けている映画だと思う。
サスペンスとしての面白さ。治外法権の平和なアーミッシュの村を舞台にしたことは面白い。
それから、アーミッシュの人々の生活はよく描写されている。実際にアーミッシュの村々を見ても、「ああ、あの映画の通り」と思う。
人々の服装、家、大工仕事の様子、田園風景、家具や持ち物。。。
一見優しそうな顔だけれど、ハッキリを物を言う人々。きっかり外の世界からとは遮断する強さを持っている人々。

アーミッシュは映画も観ないので、自分たちがどのように描かれているかなんて知る由も無いのだが、アーミッシュをやめた人々は少なからずもこの一般社会に存在する。
「元アーミッシュ」で今は一般アメリカ人として生活している人たちは、ある意味アーミッシュの声を代弁している。
彼らが唯一、アーミッシュの生活を生で知り、そして現代社会で生活している人たちだから。
彼らがこういう映画に出会うと、やはり「それは無いだろー!」と苦笑してしまうのであろう。


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アーミッシュの中には、車どころが自転車も禁止している派もあるが、インディアナのアーミッシュのコミュニティは自転車が許されている派もある。

家の前には家族の数だけ自転車が止まっているし、チャリを漕いだおじいさんや子供たちによくすれ違う。


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このアーミッシュの男の子は、すれ違う時になんとピースサインをしてきた。
誰でもにこやかに挨拶してくれるアーミッシュだが、ピースサインは初めて(笑)

秋に来た事は初めてだったので、アーミッシュがニット帽をかぶっているのも初めて見た。
普通は黒いつばのある帽子である。
だがつばのある帽子は、自転車を漕ぐと風をうけて飛んでしまうし、ニット帽は耳まで隠れるので防寒には適している。

さすがに、女性がこのニット帽をかぶっているのは見た事がない。

アーミッシュとメノナイト

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 22.2010 アーミッシュの村
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アーミッシュというのは、スイス系ドイツからの宗教集団。
キリスト教の派から派生した、いわゆる新興宗教を信仰する人々である。

彼らの生活は信仰と共にあり、生活の中の規律も厳しい。
例えば服装。虚栄を嫌う彼らは、派手な服装もしないし女性の化粧も禁止、男性の口ひげ(あごひげはいい)も禁止。
男性は白いシャツに、黒いパンツ、黒いジャケット、黒いつば付きの帽子(夏は麦わら帽子)が基本。
服に一切のボタンも禁止である。
「Plain People」と呼ばれる所以である。

女性のドレスも紺色や紫と渋めの色が多く、頭には白いオーガンジーのキャップ。
化粧もしないで1日農作業して働く彼らだが、肌が綺麗なのは規則正しい生活の賜物か。

アーミッシュには大きく分けて旧派(Old Order Amish)、新派(New Order Amish)とがあり、その中でも地域やコミュニティによって沢山のセクトに別れている。戒律も違う。
また、アーミッシュから分かれたメノナイトと呼ばれる人々もこのコミュニティには住んでいる。
よくアーミッシュとメノナイトはごっちゃにされるのであるが、生活様式はかなり違う。

メノナイトの人々も農民が基本で、女性も同じようなドレスを着ているが、戒律がかなり緩い。
例えば若い女性なら、アーミッシュと同じようなドレスでも多少派手な色の服を着ていいし、靴も一般人と変わらない流行のCrocsを履いていたりする。
一般の店で買ったセーターやコートも着るし、慣れて来ると一目でアーミッシュかメノナイトの違いは分かる。


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これは馬に乗ってやって来た、おそらくアーミッシュ新派の少女。
目が合うと「ハロー!」とにこやかに挨拶してくれる。
ピンクのスカートをまくし上げて乗っているが、このえんじ色のセーターですぐ旧派ではないことが分かる。

アーミッシュ旧派は車を一切使わないが、新派は農耕用に限りエンジン付きの車を利用する人も居るし、農耕機具以外の車を持っている人たちも居る。
家庭内に電化製品を置くのも許されていて、電線が家の周囲にある。旧派のコミュニティには一切電線も無い。
新派は飛行機を使って旅行する事も許されている。

メノナイトらは、もっと規律が緩い分、生活の自由の範囲も広い。現代社会に合わせた自由を取り入れながら、彼らの信仰を持ち続ける人たち。
観光業に従事してガイドをしたりしているのはメノナイトである。
信仰心の違いから、アーミッシュとメノナイトはアメリカへの移民船の中でも仲が悪く口も効かなかったとされているが、今は同じ地域の中で互いに共存しているようだ。しかし教会は全然違う。
双方の間では「大きな違い」でも、このアメリカいおいては、彼らは非常に共通点を持っている人々なのだ。
そしてとにかく彼らは、争いを好まず、怒る事を恥とする、平和を愛する人々なのだ。

ペンシルベニアと中西部では、アーミッシュやメノナイトの服装や規律にも多少の違いがあり、さまざま。
聖書の解釈はコミュニティによって違う、ということであろう。

アーミッシュたちは写真を撮られる事を非常に嫌う。これはどこのアーミッシュも。
「撮ってもいいですか?」と聞いても、「申し訳ないけれど、撮られない事を望みます」と丁寧にハッキリ断られる。
というのは、彼らは「イメージ」を残すという事を信じていないから。
地域にテレビカメラが入っても、彼らはカメラに顔を向ける事は決して無い。顔を撮られる事を嫌う。

メノナイトの人たちは、比較的写真を撮られる事に抵抗が無いという。


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インディアナは元々田舎だし、農村地帯からはずれてもあまり車の無い所。
その中でもアーミッシュのコミュニティは本当に静か。

テレビも無いし音楽もない生活(賛美歌を歌う事だけは許されている)。

聞こえて来るのはバギーのパカパカした蹄の音。

いくら車が少ないとは言え、一般アメリカ人は車道を車で通り抜ける。
馬車との事故が無いように、アーミッシュの馬車の後ろにも赤いテールランプを付けることは、州の法律で定められている。

アメリカの政治、法律、学校教育などとは一切関係の無い暮らしをしている彼らであるが、アメリカ市民であることには間違いなく、アメリカの法律や規則に例外であるわけではない。
所得税も固定資産税も消費税もきちんと払う。
ただし、保険や年金の類には一切加入しない。
彼らは彼らのコミュニティで助け合い、他人(国)に頼らない、という信仰があるから。
国の義務教育機関も利用せず、税金だけは払うのであるから、アーミッシュの方が一般よりも負担が大きいのではないか、という説もある。

彼らは規則正しい生活のおかげか、滅多に病気で病院にかかる事は無いらしいのだが、事故などの大怪我で一般の病院にお世話になる事はままあるらしい。
農作業中の事故、建築中の事故(彼らは彼らの家や小屋を自分らの手で建てる)、あるいは車との接触事故。。。色々あるであろう。
保険に入っていない彼らにとって、負担額は莫大な金額になることもあるが、ちゃんとアーミッシュのコミュニティ内で協力しあって捻出し、きちんと支払われるらしい。大したものである。
アーミッシュ基金などという蓄えが、ちゃんとコミュニティ内にあるのかもしれない。


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アーミッシュの村へ(1)

Posted by ジャンヌ(Mami Takayama) on 19.2010 アーミッシュの村
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10月末。ハロウィーンの週末に、インディアナのアーミッシュの村へ小旅行。

ここには何度か訪れた事があるが、秋に来るのは初めて。
紅葉は既に終わり、晩秋の装いであった。

アーミッシュのコミュニティはペンシルバニアが大きいが、中西部にもいくつか点在していてアーミッシュ人口も多い。


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アメリカにやってきた開拓時代と全く変わらない生活を営む人々。

ガスも電気も使わない。洗濯機も掃除機も電気ヒーターも無い生活。

もちろん車も使わない。
移動手段は馬か馬車。

車を運転していると、アーミッシュのバギーが同じ道を通る。
彼らの時速は9マイル。 車はどんなに遅くても30マイル。
バギーを追い越す時は、ゆっくり走る。


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農村地帯には、アーミッシュの人たちだけでなく、一般の人たち(農家)も共存している。
彼らの所には電気が通っているが。

アーミッシュの家だとすぐに分かるのは、敷地にある風車。必ず立っている。

この風車による自家発電で、最低限度必要なエネルギーはまかなえるらしい。
自家発電で発電、充電した電気は使う。
だから、彼らの家に全く電気が無いわけではない。

ただし、アーミッシュにとっての「最低限度必要な」ということで、我々の生活からはかけ離れている。
電話ももちろん無いし、冷蔵庫もヒーターも使わない。


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アーミッシュの人々は、基本的に農民である。

収穫の終わった畑の中を、バギーが音を立てて走って行く。
なんてのどかな田園風景。 絵本の中のよう。

そう、アーミッシュの村は、100年前200年前に書かれた「昔のお話」と全く同じなのだ。
人々の生活も、そこにある風景も。
彼らの場所にやって来ると、タイムトリップしてしまう。



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アーミッシュの家の馬屋と古い農耕機具。

農耕機具も彼らは馬を使う。馬は彼らにとって大切な大切な家族であり働き手。


一般人の農家も、アーミッシュの家々と同じように白い家が多い。電線が無ければアーミッシュの家と変わらない。
景観を考えて、そうしているのだろう。感心する。

日本人だと、こういう田園風景を見て「ログハウス建てよう!」なんて考えるセンスの人たちが多かったりするから(勘弁してよ)


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アーミッシュの家は、白くてシンプルだがとても清潔感がある。
壁のペンキが剥がれている事などなく、いつも手入れされている。質素だが美しい。

アーミッシュは農民であり、大工である。
大工仕事は一人前になった男性の大きな仕事。

家を建てる時はコミュニティの男性が皆集まり、協力して建てる。

彼らの大工仕事は定評があり、アーミッシュ家具は質がいいので有名だ。
質実剛健、といった感じの家具。しかも、値段がリーズナブル。

我が家がカントリー風の家なら絶対にアーミッシュ家具で揃えたいと思うのであるが、全然カントリー調ではないので合わない。残念だが。。。

彼らは宗教的な理由で派手な色を好まない。服装においても物においても。色は虚栄を意味するから。
白い家は、簡素や質素さを表している。それは一番、アーミッシュが尊ぶこと。


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一般の農家の前には、車やトラクターが停まっているが、アーミッシュの家の前にはバギー。

典型的なアーミッシュの村の光景。


(to be continued....)












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